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ブックイベントに行ってみた!

ブックイベントに行ってみた!「ヨーロッパ文芸フェスティバル2020 DAY1」【後編】

「ヨーロッパ文芸フェスティバル2020 DAY1」【後編】をお届けします。後半は、「ポルトガルとイタリアの作家に聞く~隔離生活と文学的創造性」と題し、ふたつのセッションで構成されるプログラムとなっています。


オンラインでの対談イベントも、新型コロナがもたらしたニューノーマルのひとつ

1-2 ポルトガルとイタリアの作家に聞く~隔離生活と文学的創造性


〈第1部〉西崎憲×アナ・マルガリーダ・デ・カルヴァーリョ

第1部では、作家で翻訳家の西崎憲さんが聞き手となって、ポルトガルの作家・ジャーナリストのアナ・マルガリーダ・デ・カルヴァーリョさんから彼女が手がけた『エスケープ・ゴート(未訳)』について話を伺いました。アナさんは、ポルトガルからオンラインでつないでの参加です。


西崎憲(以下、西崎) コロナのロックダウン中に、アナさんは46人の作家、46人のアーティスト、50人の翻訳者と協力して「エスケープ・ゴート」を作りました。46人の作家が、リレー形式で1章ずつ書いて、毎日12時に発表するというプロジェクトでした。最初の章は、アナさんのお父さんのマリオさんが書き、そこからつながれていきました。作品は話題となり、英語をはじめ複数の国で翻訳されています。とても興味深いと思いました。

 

46人のポルトガル語の作家、46人のアーティストと50人の翻訳者が賛同し、英、西、仏、伊、蘭、独と6カ国語にも随時翻訳された「エスケープ・ゴート」

アナ・マルガリーダ・デ・カルヴァーリョ(以下、アナ) 政府からロックダウンが宣言されてすぐに、自分たちが作家としてできることはなにか考えました。ポルトガルのニュースでは、「戦争中に塹壕に入るように、自分のソファを塹壕にしてください」と言われていました。ですが、作家としてはそれだけでは物足りないと思いました。作家にできるのは書くことです。私一人では難しくても、他の作家の協力があればなにかができると考えました。いろいろな世代やスタイルの作家やアーティストが参加してくれました。

西崎 プロジェクトは、アナさんが想像したような結果になりましたか。

アナ 結果的に本という形になったことが、私としても驚きでした。プロジェクトは、作家たちにとってはチャレンジングなものでした。まず読まなくてはいけない。それを受けて自分のストーリーを考えて書かなければいけない。作家によって、自分の興味ある方向へ話をもっていこうとするのが面白かったです。SFだったり、パンデミックだったり、科学や環境だったり。いまのポルトガルにはこういう作家がいる、こういう面白い物語を書く人がいるということを知ってもらえたと思います。

西崎 ポルトガルの文学が世界的なものから影響を受けていると感じました。世界文学の中でポルトガルの作家が何を考えているかがよくわかったように思います。

アナ ポルトガル文学自体が、なかなか外にでない文学と言えます。今回、私たちがポルトガル文学を世界に送り出すきっかけを作れたことがとても嬉しいです。まだ若い作家もいます。そういう作家が注目されるきっかけが作れたと思います。

作家であり、英米文学の翻訳家としても活躍する西崎憲さん

西崎 プロジェクトが、この悪い機会を良いもののきっかけにしようという気概に溢れていてとても感動しました。

アナ ありがとうございます。このプロジェクトでは、普段は孤独な作家がつながって、互いに協力しあいながら何かを作ったという意味でも、とてもプラスなことを成し遂げられたのではないかと思います。

西崎 アナさんの作品「目覚め」(ヨーロッパ文芸フェスティバルのために書き下ろした短編。期間限定で公開中)は、原題が「目を覚ますために目を覚ます」という非常に哲学的で思索的な内容になっています。これは、普段のアナさんの作品の世界観を反映しているものなのでしょうか。

 

今回のイベントのために書き下ろされた短編「目覚め」(ヨーロッパ文芸フェスティバル公式サイト「ヨーロッパの窓」にて2020年12月31日まで限定公開中)

 

アナ 今回の短編に登場する女性は、どんどん自分の家の中に要塞を作って、自分の子どもたち、自分自身を守ろうとして孤立していきます。すべて安全にしたつもりの要塞の中で、最後の肝心なところで彼女は気を抜いてしまい、死を招きます。あえて意識しているわけではありませんが、何かに拘束されている、縛られているという意識が常に作品のテーマとして出ていると思います。

 

〈第2部〉 土肥秀行×アントニオ・モレスコ

立命館大学文学部教授の土肥秀行さん(左上)と作家のアントニオ・モレスコさん(左下)

続いて、立命館大学文学部教授の土肥秀行さんとイタリアの作家アントニオ・モレスコさんとの対談です。土肥さんは京都から、アントニオ・モレスコさんはイタリアからつないでの対談となりました。

土肥秀行(以下、土肥) 今日は、モレスコさんからどのような隔離生活を過ごしていたか、「『樹々の歌声』より」(ヨーロッパ文芸フェスティバルのための書き下ろした短編。期間限定で公開中)という作品をどうして書いたかということを語ってもらおうと思います。

 

隔離生活をえがいたアントニオ・モレスコ「『樹々の歌声』より」(ヨーロッパ文芸フェスティバル公式サイト「ヨーロッパの窓」にて2020年12月31日まで限定公開中)

アントニオ 隔離政策が始まったときは、たまたま故郷のマントヴァにいました。数カ月間マントヴァで生活していましたが、夜こっそりと誰もいない街に出てみると、普段なら、人がいて車が走っているのに、そういうものがなくなってしまっている。そのときにあらわれてくる存在があるように思いました。夜に街を歩いていて、樹々の様子がとても心に残りました。そして、空想の中で樹々たちと会話し始めました。樹々は、家々に根をはり、水や養分を吸うだけではなく、それぞれの家から、良い家族であれば良い要素を、悪い家族であれば悪い要素を吸っている。そんなふうに空想を広げていきました。公園の石像から生える木は、石像から放たれている矢のように見えましたし、目から生える木は、目を射抜かれた兵士のように見えました。樹々との対話は、われわれ自身との対話です。具合の悪いことも言われますし、今まで気づかなかったようなことも言われます。われわれ自身の発見につながっていきます。

土肥 この機会にあらわれてくる存在があったということがとても印象的でした。ポルトガルのプロジェクトでは、団結することで困難に立ち向かおうという気概を感じましたが、モレスコさんの場合は想像の世界の中で創造しているわけです。その姿勢について聞いてみたいと思います。

アントニオ 人間は、異質なものと戦い、克服しようとします。自分たちを守るのは当然ですが、戦うだけの姿勢は愚かだと気づかなければいけません。われわれになにか問題があったのかもしれない、どこかで間違えたのかもしれないということに気づく機会ではないかと思います。私は「キホーテ」という本を書いて、現代にドン・キホーテを生き返らせました。ドン・キホーテが持つ力は、現実と想像をひとつにすることができることです。われわれは現実ばかりを見て、他を見ていないということにおちいっています。このコロナ禍でもそうです。信じていた現実は、それだけではなく、自分たちより強い存在がいて、自分たち以外の生き方があるのです。そのことに気づくべきなのです。

 

短編「愛と鏡の物語」の創作について

最後に、『どこか、安心できる場所で』(国書刊行会)に収録されているアントニオ・モレスコさんの短編「愛と鏡の物語」の創作について話がありました。

 

「愛と鏡の物語」が収録されている本

書籍:どこか、安心できる場所で
(パオロ・コニェッティ, 関口英子 (編集), 橋本勝雄 (編集), アンドレア・ラオス (編集), 飯田亮介 (翻訳), 中嶋浩郎 (翻訳), 越前貴美子 (翻訳), 粒良麻央 (翻訳) / 国書刊行会/2019年)

アントニオ まだ私が無名だったとき、ある朝起きて家の窓を開けて向かいの家を見ると、その家の鏡に自分の姿が映っているのが見えて「ハッ」としました。そこから自分の想像が始まったのです。その家には女性がいて、女性は反対に私の家にある鏡に自分の姿を映して見ている。そこから生まれる愛の物語を想像したのです。それは、まだ無名の自分がいて、他者との出会いを求めている、読者との出会いを求めている、ということの無意識なあらわれだと思います。無名時代に書いた鏡の話が日本で読まれて、こうしてスクリーン越しですが、愛する「源氏物語」の国の人とご一緒することができてうれしく思います。

 

終わりに

以上、「ヨーロッパ文芸フェスティバル2020」DAY1イベントの参加レポートでした。今年は新型コロナの影響でヨーロッパの作家たちの来日は叶いませんでしたが、このような状況だからこそのつながりも感じられるイベントになっていたと思います。大変な状況の中でイベントの開催に尽力された関係者の皆さま、DAY1イベントに登壇された作家、翻訳家の皆さまに心から御礼を申し上げます。ありがとうございました。

 

■参考
ヨーロッパ文芸フェスティバル https://eulitfest.jp/

本記事でレポートしたDAY1を含むイベントをYouTubeにて視聴できます。

DAY1[1-1]パネルディスカッション:ヨーロッパ文学翻訳事情

DAY1[1-2]ポルトガルとイタリアの作家に聞く~隔離生活と文学的創造性~

DAY7 [7-1]朗読&トーク:小椋彩/アンナ・ツィマ/クロージングイベント

また、今回のイベントのためにヨーロッパ各国の作家が書いたショートストーリーも期間限定で公開中です。詳しくはこちらでご覧ください。

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著者略歴

  1. 佐野隆広(タカラ~ム)

    本が好き!レビュアー(本が好き!レビュアー名:タカラ~ム)。はじめての海外文学フェアスタッフ。間借り本屋「タカラ~ムの本棚」店主
    11月から、はじめての海外文学vol.6がはじまりました。

    はじめての海外文学 公式サイト
    https://hajimetenokaigaibungaku.jimdofree.com/

    はじめての海外文学vol.6応援読書会(オンライン読書会)
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no395/index.html?latest=20

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