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ブックイベントに行ってみた!

ブックイベントに行ってみた!「オンライン対談 松本健二 x 宇野和美 今 読みたい!スペイン語圏の女性作家たちーフェミニズム? マジックリアリズム? それとも…?ー」

〈イベント概要〉
オンライン対談 松本健二 x 宇野和美 今 読みたい!スペイン語圏の女性作家たちーフェミニズム? マジックリアリズム? それとも…?ー
日時 2021年9月25日(土) 15:00~17:00
会場 オンライン(主催:イスパJP)
登壇者(敬称略) 宇野和美(翻訳家)、松本健二(現代スペイン語文学研究者、翻訳家)
イベント詳細 https://hispajp-joseisakka.peatix.com/

こんにちは。本が好き!レビュアーのタカラ~ムこと佐野隆広です。「ブックイベントに行ってみた!」第14回は、NPO法人イスパJP主催でオンライン開催された「今 読みたい!スペイン語圏の女性作家たちーフェミニズム? マジックリアリズム? それとも…?ー」のレポートです。スペイン語翻訳家である松本健二さんと宇野和美さんがスペイン語圏の女性作家たちの作品の魅力やこれから翻訳が予定されている作品、注目の作家と作品について語り合う対談イベント。スペイン語圏の文学事情について興味深いお話をたくさん聞いてきました。

松本健二さん(左)と宇野和美さん(右)

スペイン語圏文学の翻訳事情


近年、スペイン語圏(メキシコ、コロンビア、アルゼンチン、チリ、ペルーなど)の女性作家の作品が日本でも翻訳されるようになってきました。ですが、まだまだスペイン語圏文学の翻訳は少ないということを出版科学研究所の『出版月報』2020年6月号データから宇野さんは説明します。


宇野: スペイン語圏の文学の翻訳点数は、英米文学と比べて圧倒的に少ないです。2018年のデータでみると英語が992点に対してスペイン語は19点。韓国文学が2016年、18年、19年で7点、19点、26点と伸びてきているのに比べると20点前後で低迷しています。

 

メキシコの作家・ネッテルの短編集『赤い魚の夫婦』


日本での翻訳点数はまだ少ないですが、スペイン語圏の女性作家はラテンアメリカ諸国で増えてきていて、全米図書賞や国際ブッカー賞などの国際的な文学賞でも候補にあげられるようになってきています。今年、宇野さんはグアダルーペ・ネッテル『赤い魚の夫婦』、松本さんはパウリーナ・フローレス『恥さらし』を翻訳刊行しました。ネッテルはメキシコの女性作家、フローレスはチリの女性作家です。

 

1973年生まれのメキシコの作家、グアダルーペ・ネッテルの傑作短編集

書籍:赤い魚の夫婦
(グアダルーペ・ネッテル, 宇野和美(翻訳) / 現代書館)


松本:一読して面白い本だと思いました。以前は小難しい感じの作品が多くてとっつきにくいタイプの作家でしたが、この作品が転機になったのかなと思います。宇野さんの日本語の力もあると思いますが、翻訳で読んでも面白い表現が多い。文体がくっきりしていて変な想像が入り込む余地がなく、シャープに展開するイメージがあります。


宇野:他の翻訳家の方に指摘されたのですが、ネッテルはメキシコ圏、スペイン語圏で書くというより、村上春樹やカズオ・イシグロのようにインターナショナルで書いていく作家じゃないかと。確かにメキシコの作家にはメキシコの表現が多くて、スペインのスペイン語しか知らないと読みにくい作品が多いですが、『赤い魚の夫婦』は文体がスペイン語の中でもニュートラルな感じで読みやすかったです。

 

チリの新星、パウリーナ・フローレスによる鮮烈なデビュー短篇集

書籍:恥さらし
(パウリーナ・フローレス, 松本健二(翻訳) / 白水社)


松本:まだ出てきたばかりの若い作家で、この作品を書いたのは20代のときです。彼女のような作家はスペイン語圏にはたくさんいて、若くして小説を書いているけどまだ名が上がっていない作家が多い中では、この本はチリローカルでよく読まれています。チリの書店ですすめられて読んだときは地味な作品という印象でしたが、その後スペインの大手出版社に拾われてスペイン語圏全域で注目されました。 収録されている中でおすすめは「よかったね、わたし」です。最後まで疑問符がとれないまま終わる作品で、『赤い魚の夫婦』だと「菌類」が、最後これどうやって終わったのかなと謎を残していて、いつまでも印象に残る話ですが、『恥さらし』だと「よかったね、わたし」がそういう作品です。

スペイン語圏の作家の動向は男女問わずチェックし、ブログに更新している。松本さんのアンテナの広さには宇野さんも驚くという

 

 

今、注目の女性作家〈翻訳書あります編〉


『赤い魚の夫婦』のグアダルーペ・ネッテル、『恥さらし』のパウリーナ・フローレスの他にもスペイン語圏の女性作家の作品が翻訳されています。イベントで紹介してくださった作品について、おふたりのコメントを抜粋して紹介します。

幻想文学の伝統を汲む サマンタ・シュウェブリン

書籍:口のなかの小鳥たち
(サマンタ・シュウェブリン, 松本健二(翻訳) / 東宣出版)


宇野:サマンタ・シュウェブリンは、1978年生まれのアルゼンチンの作家です。この本は短編集ですが長編も書いていて、脂が載っている年代といえます。おすすめポイントはどこでしょうか。


松本:いわゆる幻想文学の伝統の流れにある書き手です。最後まで読んでも、そこで起きていることについて読者が情報を整理しきれないまま終わることが多い、オチがなく、読者に解釈を委ねるタイプの作品を書く作家ですね。

現代スペイン文学を語るうえで外せない マリアーナ・エンリケス

書籍:わたしたちが火の中で失くしたもの
(マリアーナ・エンリケス, 安藤哲行(翻訳) / 河出書房新社)


宇野:マリアーナ・エンリケスは1973年生まれのアルゼンチンの作家で、現代スペイン語圏の女性作家を語る上では抜くことができない存在。『わたしたちが火の中で失くしたもの』からは男性優位社会に対するアンチのようなものも感じられる。表題作は、女性たちが自分の顔を焼く話で、ルッキズムへの対抗などが中心にあり凄みがあります。スペイン語圏の女性作家として注目してほしい、読んでほしい作家です。

アメリカで生きるスペイン語民を描く バレリア・ルイセリ

書籍:俺の歯の話
(バレリア・ルイセリ, 松本健二(翻訳) / 白水社)


宇野:バレリア・ルイセリは、1983年生まれのメキシコの作家。スペイン語圏といっても、英語と交じり合っていますよね。『俺の歯の話』は、世界一の競売人が主人公。章の名前が修辞法になっていて、スペイン語圏の作家なども登場します。


松本:スペイン語と英語の両方で書いています。どちらにもまたがっていて、自己翻訳をしたりもする。『俺の歯の話』は、実験的な内容で読む人を選ぶ気がする。彼女が書く作品には、中南米の人がアメリカにわたってどういうしんどい思いをしているかという観点がある。移動しているスペイン語民にフォーカスしている作家というスタンスは今後も変わらないと思う。これからも注目していきたい作家です。

キューバの息吹を伝える カルラ・スアレス

書籍:ハバナ零年
(カルラ・スアレス, 久野 量一(翻訳) / 共和国)


宇野:カルラ・スアレスは、1969年生まれのキューバの作家です。1993年のキューバを舞台にした作品で、その時代のキューバに生きる30歳くらいの女性の様子の描き方がとても面白い。訳者の久野量一さんがあとがきで、まだまだキューバの女性作家の作品を訳したいと書いているので、どんどん訳してほしい。

今、注目の女性作家〈日本未翻訳編〉


後半は、まだ日本語訳が出ていない注目の女性作家の紹介です。5人の作家が紹介されました。

コロンビアから届く新しいリアリズム ピラル・キンタナ

 

ピラル・キンタナ(1972年生まれ、コロンビア)紹介作品:『雌犬 La perra』、『奈落 Los abismos』

宇野:『雌犬』は、2020年の全米図書賞のショートリスト(最終候補)に入ったことで注目されました。舞台は寂しい田舎の漁村。幼い頃に友人が溺死するのを目撃したことで、トラウマを抱えるダマリスという女性が主人公です。彼女は漁師と結婚しますが、子供ができないまま40歳を迎える。そのときに一匹の雌犬を貰い受けます。その雌犬に異常なまでに愛情を注いでいく。そして、雌犬とダマリスの関係がどんどん捻れていきます。緊張感がずっと続いていく、どこまでも救いなく落ちていくような感じの作品です。

松本:とても濃密な作品です。男性作家だと観念的な方向に向かっていくのを彼女は自分の手の届くところ、語り手の手の届くところの描写に徹している。ある意味で古いリアリズムですが、むしろそこが観念的なポストモダン小説を読み飽きたものとしては新鮮でした。純粋にページをめくる楽しさを味わえた。コロンビアでも誰も知らない太平洋岸を描いていて、これは調べてみるとエクアドルの文化圏になります。コロンビアからエクアドルに至る太平洋岸の女性作家はけっこう多いです。
『奈落』も読み応えがありました。語り手が子供という作品ですが、飽きさせない。なぜ子供を語り手にしたのかは最後になって明らかなってくる。お母さんの人生を8歳の少女が少しずつ理解していくという話です。これもこれまで男性作家は書いてこなかった世界です。

複数の声が交じり合う難解さ フェルナンダ・メルチョール

 

フェルナンダ・メルチョール(1982年生まれ、メキシコ)紹介作品:『ハリケーンの季節 Temporada de huracanes』

宇野:『ハリケーンの季節』は、2020年の国際ブッカー賞の最終候補に入った作品です。冒頭、魔女と呼ばれている女性が死体で見つかり、誰が彼女を殺したのかということで展開していきます。魔女が殺されたという事件から村全体を包む貧困や暴力、麻薬といったところがどんどんむき出しになっていく。一番の特長は、章ごとに視点人物が変わっていくところで、訳しにくそうな作品です。

松本:近頃珍しい読者を拒絶するタイプの作品だと思います。翻訳するとどうなるかも含めて話は面白いです。アステカの神話にコアトリクエという神様がいて、文学にもさまざまな姿で登場する。それを体現しているような小説です。精緻にゆっくり読むのが好きな方に向いていると思います。実験小説的な作品で、この人の文体などを読むと、南米の女性作家、厚みがあるなあと思わされます。考えながら繰り返し読むという読み方ができる作品だと思います。

舞台の地味さが人間関係を引き立てる セルバ・アルマダ

 

セルバ・アルマダ(1973年生まれ、アルゼンチン)紹介作品:『吹きすさぶ風 El viento que arrasa』、『煉瓦職人たち Ladrilleros』、『ただの川ではなく No es un río』、『死んだ少女たち Chicas muertas』


宇野:『吹きすさぶ風』、『煉瓦職人たち』、『ただの川ではなく』は3部作と言われています。話はそれぞれ独立していますが、どれもアルゼンチンの辺境に住む人々の暮らしが描かれた小説となっています。『死んだ少女たち』はノンフィクションで、フェミサイド(女性を標的にした犯罪)の話です。『吹きすさぶ風』は、10代の娘とアルゼンチン国内で布教活動している牧師がいて、彼の車が故障して自動車整備工場に持ち込んでから修理が終わって出ていくまでの時間の中で語られる物語。自動車整備工場の男のところには少年がいて、4人の人生がその一夜の中で語られていきます。コールドウェルとの共通点がよく言及されますね。

松本:アメリカは広大な田舎ですが、首都ではない、田舎を舞台した文学世界は、これまで意外と南米にはありませんでした。地味ですが惹きつけられました。父と子のような単純な人間関係のドラマが描かれますが、限られた情報の中で登場人物たちがどういう関係なのかを考えさせる。田舎を舞台にすることで、父と子という関係がもつ原初的なパワーが引き立っているように思います。
『死んだ少女たち』はフェミサイドを扱ったノンフィクションです。フェミサイドを扱った作品は各地で出ていて、言い方は悪いですがフェミサイドについては世界最悪の地域なので、文学の書き手、特に女性作家はそれを無視できない。アメリカ大陸全土的な問題として各国の女性作家が共有していると思います。

スペインの売れっ子作家 サラ・メサ

 

サラ・メサ(1976年生まれ、スペイン) 紹介作品:『ある愛 Un amor』


松本:片思い系の恋愛小説は男性作家の専売特許のようなところがありますが、この作品は女性ならではの恋愛小説もあるというひとつの例となる作品です。文学にしばしば登場する人間のもっとも弱い部分をデフォルメしたような人物がいて、そういう弱い人間が作る物語に引き込まれる部分もあると思います。

宇野:スペインの書店には必ず並んでいる人気の作家です。『ある愛』は、30代くらいの女性翻訳家が住人数十人ほどの小さな村に移り住む話。大家から貰い受けた犬と暮らしていますが、その犬がいろいろと問題を起こす。女性の側から男性に対して一方的で妄想的な行動に出てしまうという話が続いていきます。この人の小説は読み始めるとどんどん読みたくなってしまう魅力があります。

新しいリアリズム ブレンダ・ナバロ

 

ブレンダ・ナバロ(1982年生まれ、メキシコ) 紹介作品:『からっぽの家 Casas vacías』


宇野:『からっぽの家』は、公園で遊んでいた3歳の子供が行方不明になって、その誘拐された子どもの母親と誘拐した女のふたりのモノローグによって語られていく小説です。ブレンダ・ナバロはジャーナリストでもあって、メキシコの女性の置かれているさまざまな事例を取材し、それをふたりの女性に盛り込んでいます。

松本:従来のメキシコの男性作家が書き得なかった世界があるように思います。男性作家が神話的に書いてしまっている母というものを人間の世界に引き戻している。メキシコの伝統もありながら現代の南米全体における女性作家特有の新しいリアリズムを追求しているのがみえていいなと感じました。


おふたりの話から、5人がこれまでのスペイン語圏文学にはないタイプの作家であり、男性作家たちとは違った作品を書いていることがわかりました。日本語訳の刊行が予定されている作品もあるので、翻訳が待ち遠しいです。
5人の作家の他に松本さん、宇野さんが最近読んで気になった本をあげてくださいました。ここでとりあげた本の中には、ニュースパニッシュブックスというスペイン政府のプロジェクトで紹介された本もあるそうです。タイトルだけの紹介になりますが、以下に記載しておきます。

松本健二さんの気になる本

アンドレア・アブレウ(1995年生まれ、スペイン)『ロバのお腹 Panza de burro』
クリスティナ・モラレス(1985年生まれ、スペイン)『かんたんなおはなし Lectura fácil』
エリサ・レビ(1994年生まれ、スペイン)『町たちはなぜ泣く Por qué lloran las ciudades』

宇野和美さんの気になる本

エレナ・メデル(1985年生まれ、スペイン)『すばらしいこと  Las maravillas』
マリア・フェルナンダ・アンプエロ(1976年生まれ、エクアドル)『闘鶏 Pelea de gallos』

宇野さんが所属されているイスパJPでは、日本とスペインの架け橋になることを目的に出版交流イベントやスペイン語圏の翻訳出版のサポート等活動している

今後翻訳されるスペイン語圏の女性作家作品

イベントの最後に2021年秋から2023年に刊行が予定されているスペイン語圏の女性作家の作品紹介がありました。イベント参加者に配布された資料から抜粋して記載しておきます。

〈2021年秋から冬〉
アナ・マリア・マトゥーテ『小鳥たち マトゥーテ短篇選』宇野和美(翻訳)/ 東宣出版 2021年11月刊
※20世紀スペインを代表する女性作家。140篇から21篇を精選。
シルビーナ・オカンポ『オカンポ短篇選(仮題)』松本健二(翻訳)/ 東宣出版
※20世紀アルゼンチンの女性作家
ピラル・キンタナ『雌犬』村岡直子(翻訳)/ 国書刊行会

〈2022年〉
エルビラ・ナバロ『うさぎの島』 宮崎真紀(翻訳)/ 国書刊行会
イレーネ・バリェホ『パピルスの中の永遠』 見田悠子(翻訳)/ 作品社
※本の歴史についての人文書。スペインの大ベストセラー
セルバ・アルマダ『吹きすさぶ風』 宇野和美(翻訳)/ 松籟社

〈2023年〉
フェルナンダ・メルチョール『ハリケーンの季節』宇野和美(翻訳)/早川書房

以上、「今読みたい!スペイン語圏の女性作家たち」の対談レポートをお送りしました。スペイン語圏の女性作家による作品がスペイン語圏だけでなく、英語圏でも注目され、これから日本にも紹介されてくるという期待を膨らませてくれます。

おわりに

イベントを主催したイスパJPは、スペインと日本をつなぐ活動を行っていて、出版文化事業についてもさまざまな取組をしているとのこと。興味のある方はホームページなどアクセスされてみてはいかがでしょうか。
登壇した宇野和美さん、松本健二さん、イベントを主催したイスパJPスタッフの皆さん、素敵なイベントをありがとうございました。また、会場でご挨拶させていただいた現代書館の原島さん、翻訳家の宮崎真紀さん、久野量一さん、柳原孝敦さん、イベント後にいろいろとお話を伺わせていただき楽しかったです。ありがとうございました。

 

■参考
NPO法人イスパJP https://hispajp.org/
現代書館 http://www.gendaishokan.co.jp/
白水社 https://www.hakusuisha.co.jp/
New Spanish Books http://www.newspanishbooks.jp/
Crónica de los mudos(松本健二さんブログ) https://blog.goo.ne.jp/kenjim81312

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著者略歴

  1. 佐野隆広(タカラ~ム)

    本が好き!レビュアー(本が好き!レビュアー名:タカラ~ム)。はじめての海外文学フェアスタッフ。間借り本屋「タカラ~ムの本棚」店主
    11月から、はじめての海外文学vol.6がはじまりました。

    はじめての海外文学 公式サイト
    https://hajimetenokaigaibungaku.jimdofree.com/

    はじめての海外文学vol.6応援読書会(オンライン読書会)
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no395/index.html?latest=20

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