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ブックイベントに行ってみた!

ブックイベントに行ってみた!イギル・ボラ×川内有緒 「すぐそこにある、豊かな世界を伝えたい」 『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』(リトルモア)刊行記念

〈イベント概要〉
イギル・ボラ×川内有緒 「すぐそこにある、豊かな世界を伝えたい」 『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』(リトルモア)刊行記念
日時 2021年6月2日(水) 20:00~22:00
会場 オンライン配信 ※主催:本屋B&B
登壇者(敬称略) イギル・ボラ(映画監督、作家)、川内有緒(作家)
イベント詳細 https://bb210602a.peatix.com/

 こんにちは。本が好き!レビュアーのタカラ~ムこと佐野隆広です。「ブックイベントに行ってみた!」第11回は、「本屋B&B」主催でオンライン開催された「イギル・ボラ×川内有緒 「すぐそこにある、豊かな世界を伝えたい」 『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』(リトルモア)刊行記念」トークイベントをレポートします。


音のない世界に生きる両親のもとに生まれた子ども“コーダ”がみた世界

書籍:きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる
(イギル・ボラ, 矢澤浩子(翻訳) / リトルモア)

 

登壇者プロフィール

 

 

バリアフリーなオンライン劇場「THEATRE for ALL」

ともに作家、映画監督として活躍するお二人。ボラさんは『きらめく拍手の音』、川内さんは『白い鳥』を監督しています。対談では、お互いの作品のこと、映画に込めた思いを話してくださいました。

川内:『きらめく拍手の音』を手に取ったのは、『白い鳥』という映画を作ったこともきっかけです。『白い鳥』は、「THEATRE for ALL」というサイトで配信されていて、聴覚障害者、視覚障害者の方々向けに音声ガイドや字幕付きで見てもらえるようになっています。字幕を作るときに、耳が聞こえない方と難聴の方にチェックしてもらいました。そのとき、手話通訳の方が間に入ってくださったのですが、とても細やかなニュアンスまで手話でやりとりできることにすごく感動して、新しい世界が開けたような感じがしました。そんなときに書店で『きらめく拍手の音』をみつけて読んで、とても素晴らしい本だと思いました。

バリアフリー対応、多言語翻訳に取り組むオンライン劇場「THEATRE for ALL」

ボラ:有緒さんの本は、韓国ではまだ翻訳されていなくて読む機会がないのですが、映画は英語字幕で観ました。「THEATRE for ALL」のサイトは、英語、日本語に加えてバリアフリーの字幕があって、見る人が自由に選べる配信サイトになっていてとても興味深いと思いました。様々な文化や言語を包容する意味合いがあると思いました。

「見える」と「見えない」の違いは何なのか

川内さんが三好大輔さんと製作した『白い鳥』は、長年美術鑑賞を続けている白鳥建二さんという全盲の方が主人公のドキュメンタリー映画です。見える人が言葉で美術品の説明をすることで、白鳥さんは作品を鑑賞します。川内さんは、映画のトレーラー動画を流し、内容について説明しました。

音によってアートを鑑賞する白鳥建二さんを追ったドキュメンタリー映画『白い鳥』(2021年)

 

川内:この映画は、20年以上美術を見続けている全盲の白鳥さんが、どうやって美術を見ているのか、言葉は何をどのくらい伝えられるのか、見える人と見えない人の違いは何か、といったことを考えていくものです。白鳥さんと見ることで、美術の懐の深さ、見えない人と一緒に観察することで見えてくるのはどういう世界か、その体験がとても新鮮だったので、本や映画という形で伝えたいと思いました。

ボラ: 映画で、美術作品を白鳥さんに説明する方たちは、通訳士のような役割があると思います。自分の仕事は媒体を通じて自分の経験を伝えることだと思っていて、自分が見て感じたことを媒体を通じてどんなメッセージにして伝えればよいか考えます。そういうところは共通点があって興味を持ちました。

 

音のない世界に生きる両親のもとに生まれて

ボラさんが監督したドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』についても、まずは映画のトレーラー動画が流され、作品についての話がありました。


ボラ: 『きらめく拍手の音』は2014年に撮影して、2015年に韓国で、2017年に日本で公開されました。その後に本を書いて、日本でも翻訳出版されました。同じテーマで映画と本を作っていますが、内容には違いがあります。映画の方が時間や空間に制約もあったりするのでストーリーが明確です。本は私の視点で見たものをたくさん盛り込んでいます。


『きらめく拍手の音』のトレーラー冒頭で、ボラさんのお母さんがカラオケで歌う場面が流れます。とても印象深いシーンです。川内さんは、カラオケには普段から出かけているのか、撮影のときに初めて行ったのかとボラさんに問いかけます。

ボラ: カラオケのシーンは、皆さんパワフルに感じられるようです。

カラオケのシーン。映画にはフルコーラスで収録されている(『きらめく拍手の音』より)


川内: お母さんが幸せそうにのびのび歌っているように見えました。

ボラ:私が子どもの頃からカラオケに行っていたわけではありませんが、母がストレス解消のため他のろう者の方とカラオケに行っていると聞いたので撮影することにしました。私の周りの人たちが非常に驚いていたので、このシーンを映画に入れることにしました。最初は聞きづらさを感じていても、フルコーラスで曲を聞くうちに、不思議と美しいと感じてくださった方が多かったようです。

川内:白鳥さんのことを、「障害があるのに明るいんですね」と驚かれる方がいますが、それは障害があるから不幸だとか、苦しんでいるという偏見の裏返しでもあると思います。そうではないということを知る機会があまりに少ないという気がします。ボラさんの映画を見て、ろう者のお母さんがこんなに明るい人たちなんだと驚いた人が多いという話を聞いて、韓国でも同じような反応をする人がいるんだなと思いました。

違う豊かさをもった世界を伝える

ろう者の両親をテーマに映画や本を作ったボラさんと全盲の白鳥さんをテーマに映画を撮り本を執筆中の川内さん。障害者をテーマに作品を製作するお二人から、障害について話がありました。

拍手は聞こえないから、手をひらひらときらめかせるボラさんの母の手(『きらめく拍手の音』より)

 
ボラ: 私は障害者という言い方自体がなくなってほしいと思っています。私はいまこうして通訳を介して話をしていますが、誰も私を障害者とはいいません。誰でも、その人が持っている世界観があり文化や言葉があります。それを理解する努力をすべきだと思います。


川内: 「障害というのは、本人にとっては障害ではなくて当たり前のことなんだけど、周りの人や社会や制度が障害者だとしてしまう。障害は人工的に作られたものなんだ」と白鳥さんは話してくれたことがあって、とても納得したんです。私も生まれたときから目が見えない白鳥さんは、なんて大変だと思っていました。でも、彼にとってはそれが当たり前で生きているから彼にとっては障害ではない。誰もがその人自身を当たり前として一緒に生きる道を探す社会じゃないといけないと思います。

 

白鳥さんとの出会いで拓けた世界を紡ぐ

川内さんは現在『白い鳥』の書籍・『目の見えない白鳥さんとアートを見にいく』(集英社インターナショナルより今秋刊行予定)を執筆しています。映画の『白い鳥』と書籍の『白い鳥』の違いについて教えてほしいとボラさんからリクエストがありました。

川内: 本は、私が白鳥さんと出会ってから今現在までを描いたものです。白鳥さんの物語でもあり、私たちの物語でもあり、美術の話でもあります。3つの要素が絡み合った、とてもユニークな本だと思います。前作の『空をゆく巨人』が物語としてすごくダイナミックだったので、次は違うものを書きたいと思っていました。実際できあがったものがどう評価されるかはわかりませんが、自分ではとても満足できるものができました。

二人の男性の30年にわたる足跡を辿るノンフィクション

書籍:空をゆく巨人
(川内有緒 / 集英社)

 

母こそが言葉。母こそがコミュニケーション

イベントの後半、質問コーナーの中で、言語のアップデートについての質問がありました。その回答にボラさんは、「言語は語彙力も大切だし文法も大切だが、一番大事なのはどのくらい相手とコミュニケーションをとりたいと思っているかだ」と話し、お母さんとタイに旅行に行ったときのエピソードを話してくれました。

ボラ: 私と母がタイに行ったときのことです。とても暑い日で、母が果物が食べたいと言うのでお店に連れていきました。私はとても疲れていたので、母の様子を遠くから見ていました。話すことのできない母とタイ語しかできないお店のおばさんがどうやって意思の疎通を図るのだろうと思って見守っていると、母はいろいろと果物を食べて、これは美味しい、これは苦い、これは不味い、これは最高だとボディランゲージを駆使してコミュニケーションしていたんです。その姿を見て、世の中と一番コミュニケーションができるのは私の母だと思いました。母の姿こそが言葉であり、コミュニケーションなんだと思いました。

手話の「言葉としての豊かさ」を伝えたいとボラさんは母親とYouTubeにもトライしている

終わりに

コミュニケーションをとりたいという思いが一番大事だという話、それを実践してみせるボラさんのお母さんの話、とても大事で素敵な話です。川内さんも、映画に出てくるボラさんのご両親の豊かな表情、自分たちから見ると大げさにも感じる大きなリアクションが人とのコミュニケーションの方法として生まれてきたことが知れて興味深いと話していました。

以上、「イギル・ボラ×川内有緒 「すぐそこにある、豊かな世界を伝えたい」 『きらめく拍手の音 手で話す人々とともに生きる』(リトルモア)刊行記念」のレポートをお送りしました。視覚障害者、聴覚障害者のこと、障害に対する偏見をなくすためにはどうすればよいのか、これまで深く意識してこなかったことを真剣に考えなければと思わされた対談でした。登壇したイギル・ボラさん、川内有緒さん、通訳の根本さんと「本屋B&B」スタッフの皆様、とても有意義なイベントをありがとうございました。

■参考
本屋B&B https://bookandbeer.com/
THEATRE for ALL https://theatreforall.net/
ドキュメンタリー映画『白い鳥』 https://theatreforall.net/movie/awhitebird/?
ドキュメンタリー映画『きらめく拍手の音』 https://kirameku-hakusyu.com//
『白い鳥』トレーラー https://www.youtube.com/watch?v=YHWyMVD0vQc
『きらめく拍手の音』トレーラー https://youtu.be/tLFMdHJWWL0

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著者略歴

  1. 佐野隆広(タカラ~ム)

    本が好き!レビュアー(本が好き!レビュアー名:タカラ~ム)。はじめての海外文学フェアスタッフ。間借り本屋「タカラ~ムの本棚」店主
    11月から、はじめての海外文学vol.6がはじまりました。

    はじめての海外文学 公式サイト
    https://hajimetenokaigaibungaku.jimdofree.com/

    はじめての海外文学vol.6応援読書会(オンライン読書会)
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no395/index.html?latest=20

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