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ブックイベントに行ってみた!

ブックイベントに行ってみた!【有好宏文 × 牟田都子】『カンマの女王』刊行記念イベント「日英校正・ここだけの話」

 

えんじ色の外観が印象的な「Readin' Writin' BOOKSTORE」(田原町)

〈イベント概要〉
【有好宏文 × 牟田都子】『カンマの女王』刊行記念イベント「日英校正・ここだけの話」
日時 2021年6月26日(土) 19:00~21:00
会場 Readin' Writin' BOOKSTORE(オンライン配信あり)
登壇者(敬称略) 有好宏文(翻訳者)、牟田都子(校正者)、竹田純(編集者)
イベント詳細 https://readinwritin210626.peatix.com/

こんにちは。本が好き!レビュアーのタカラ~ムこと佐野隆広です。「ブックイベントに行ってみた!」第12回は、田原町にある「Readin' Writin' BOOKSTORE」で開催された【有好宏文 × 牟田都子】『カンマの女王』刊行記念イベント「日英校正・ここだけの話」トークイベントのレポートです。翻訳の有好宏文さんと校正者の牟田都子さんとの対談イベント。司会は『カンマの女王』の担当編集者の竹田純さんがつとめました。

 

正しい英文法だけでは白黒つけられない。アメリカの老舗雑誌『ニューヨーカー』の校正担当者が綴る、迷いと葛藤の日々

書籍:カンマの女王: 「ニューヨーカー」校正係のここだけの話
(メアリ・ノリス ,有好宏文(翻訳) / 柏書房)

 

 

左から竹田純さん(編集者)、有好宏文さん(翻訳者)、牟田都子さん(校正者)

登壇者のプロフィールは、こちら

校正の仕事とは

『カンマの女王』は、老舗雑誌『ニューヨーカー』の校正係として働き、〈カンマの女王〉と呼ばれているメアリ・ノリスによるエッセイ集です。『ニューヨーカー』には、メアリが働く校正部の他にファクトチェックを専門に行う事実確認部があります。校正部は、カンマやセミコロンを打つ位置や言葉の表記などをチェックするのが仕事、事実確認部は文章に書かれている事実関係を確認するのが仕事で、役割は明確にわかれています。『ニューヨーカー』のファクトチェックは、細かく徹底していること有名で、そこまで徹底しているから記事が正確になると好意的に思う人も多いと有好さんは話していました。 では、メアリたち校正部の仕事はどうなっているのでしょうか。

有好:メアリたちもファクトチェックはしますが、事実確認部が記事に登場する人物に直接電話で問い合わせるなど踏み込んだ手法も用いるのに対し、校正部は主に資料で確認しています。

 

『カンマの女王』の原著(左)と翻訳版(右)

牟田:私は出版社で月刊誌の校正を何年か担当したことがあります。記事ごとの校正刷りが出てきてそれを校正するのですが、文字使いや文法的な間違いがないか、固有名詞、店の名前、地名などに間違いがないかを調べます。辞書や資料を使って調べられる限り調べても確認できないこともあります。そのときは「確認できませんでした」というチェックをつけてゲラを戻し、別の校正者や編集者、著者に確認してもらいます。調べがどこまでできたかをゲラの上で必ずわかるようにするというのが私が育った現場でやっていたことです。

竹田: 最初から校正用の資料をくださる作家さんもいます。

牟田: いただいた資料で確認済みにできれば楽ですが、著者が読んだ資料がすべて正しいとは限りません。典拠にしていた資料が間違っていたということもあります。最初から資料を全部いただいて、それで確認するのも危うさはあります。自分で資料を集めて調べることで、著者の知らなかった新しい資料があったとか、増補改訂された文庫版があってそちらでは説が変わっていたということもあります。

 

天井が高く開放的な店内。ブックイベントも頻繁に開催されている

仕事道具へのこだわり

『カンマの女王』には、鉛筆について書かれた章があります。また、辞書についてもこだわりがあります。校正者の道具へのこだわりとはどういったものなのでしょうか。


有好: メアリは鉛筆にとてもこだわっていて、今は〈ブラックウィング〉という鉛筆がお気に入りです。

消しゴムの形が独特。デザインや書き心地に定評があり、〈カンマの女王〉も愛用するブラックウィング

有好さんは実際に自分が持っている〈ブラックウィング〉をみせながら続けます。


有好: 『カンマの女王』にこの鉛筆の話が出てきますが、実物を持っていなかったので画像や動画で確認していました。あるとき、文房具屋で売っているのをみつけてすぐに買いました。それからはお守りのように持っています。

『カンマの女王』を読んで〈ブラックウィング〉を購入したという牟田さん。メアリと同じく鉛筆派とのこと

辞書について、『ニューヨーカー』では、ウェブスターの辞書を使っています。『ニューヨーカー』では、スペルについてはウェブスターの辞書の表記にしたがうルールになっているそうです。辞書のバージョンについては第2版と第3版のどちらがよいかで議論があり、両方を参照することになっているとのこと。

竹田:牟田さんは辞書についてなにか考え方とかありますか?

牟田: 国語辞典は、出版社や版によって違いがあります。仕事をはじめたころはどれを買えばいいのかわからなくて、会社の人が一番使っている辞書を買ったりしていました。会社にはいろいろな出版社の辞書が置いてあるので、使っていくうちに自分の好みの辞書が出てきたという感じです。私は紙の辞書が好きですが、仕事場のスペースも限られているので、インターネット上の有料サービスやスマートフォンのアプリを活用したりしています。

ウェブスター辞書については『ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険』(左右社)もおすすめです(有好さん)

 

〈有好さんおすすめの本〉アメリカの伝統ある辞書出版社の編纂者による辞書編集の舞台裏

書籍:ウェブスター辞書あるいは英語をめぐる冒険
(コーリー・スタンパー, 鴻巣友季子 (翻訳), 竹内要江 (翻訳), 木下眞穂 (翻訳), ラッシャー貴子 (翻訳), 手嶋由美子 (翻訳), 井口富美子 (翻訳) / 左右社)

 

書き手のボイスと校正のバランス

『カンマの女王』には、メアリが手こずったり迷ったりした表現が実例としてたくさん出てきます。
今回のイベントでは、有好さんが印象に残ったというジョージ・ソーンダーズの短編の一文を例に話がありました。  

While picking kids up at school, bumper fell off Park Avenue.
(子どもたちを迎えに行ってて、バンパーがパーク・アベニューから落っこちた。)

有好: メアリは、〈カンマの女王〉といわれて、ルールを押しつける人だと思われていますが、ただルールをあてはめるだけではなく、いろいろなルールと著者が書きたいこと、著者自身のボイスとのバランスをとっているというところが印象に残っています。これは文法的にはダメな文なのですが、それを直してしまうと短編のスタイルを崩してしまうということで、メアリは直しを入れずにスルーしています。一方で同じ短編の中でも、ここは譲れないというところは直しを入れています。

校正者は、決まったルールを杓子定規にあてはめるだけではなく、作品の持つ雰囲気やスタイル、作者の意図するところを考えて、バランスをとっていることがよくわかる例だと思いました。

譲れない言葉の表現

『カンマの女王』の原題は、『Between You & Me:Confessions of a Comma Queen』です。この“Berween You & Me”という表現は、最近では“Between You & I”と言う人が多くなっているようですが、メアリはそこは譲れないという雰囲気があると有好さんは話します。

有好: “Berween You & Me”というのは「あなたと私の間だけだよ」という意味です。この慣用句が“You & I”となってしまうのがメアリは嫌みたいで、強いこだわりを感じます。牟田さんは、譲れないこだわりの言葉はありますか。

牟田: 感情が激して声が大きくなることは、本来は“声を荒(あら)らげる”だと教わりましたが、皆さん圧倒的に“荒(あら)げる”と書いてくる。最近は校正部、校閲部がある版元の本でも“荒げる”と表記されていたりしますが、まだ譲りたくないですね。校正者が“荒らげる”を見逃したと思われるのが嫌なんです。でも、ちょっともう劣勢だと感じています。

校正を知るための本として『校正のこころ 増補改訂第二版』をおすすめする牟田さん

 

〈牟田さんおすすめの本〉言葉を正し、整えるという校正の仕事はどうあるべきか。言葉と本を愛する人へ贈る一冊

書籍:校正のこころ 増補改訂第二版: 積極的受け身のすすめ
(大西寿男 / 創元社)

 

〈カンマの女王〉からチェックが入った

『カンマの女王』には、日本版オリジナルで各章に小見出しが設定されています。オリジナルの小見出しをつけるので、確認のため英訳と日本語原文の両方をエージェントを通じてメアリに送ったそうです。すると、

有好: メールが返ってきまして、第4章の4つめの小見出し(『誰がためにmはある―whoとwhom』)で、英訳の方はよかったのですが、日本語の方は、「誰がために」の“が”は、“誰”の後にくるから“の”が正しいのではないかと指摘がありまして。ここは、whomが古風だという内容と絡んでいるので、日本語でも古風な「誰がために」にしていますということを説明してわかっていただきました。

さすがは〈カンマの女王〉、まさか日本語までチェックしてくるとは! ただ有好さんも「それはご自身でわかったことですか?」とは聞けなかったと笑っていました。

以上、【有好宏文 × 牟田都子】『カンマの女王』刊行記念イベント「日英校正・ここだけの話」のレポートをお送りしました。校正、校閲という仕事の魅力や苦労、道具や辞書へのこだわりといった話を聞くことができ、とても楽しいイベントでした。登壇した有好宏文さん、牟田都子さん、竹田純さん、「Readin' Writin' BOOKSTORE」店主の落合博さん、素敵なイベントをありがとうございました。



■参考
Readin' Writin' BOOKSTORE http://readinwritin.net/
メアリ・ノリス『TED Talk』「メアリー・ノリス |TED2016 ニューヨーカー誌が誇るカンマ・クイーンの重箱の隅をつつく栄光」
https://www.ted.com/talks/mary_norris_the_nit_picking_glory_of_the_new_yorker_s_comma_queen?language=ja
The New Yorker(『ニューヨーカー』YouTubeチャンネル)https://www.youtube.com/thenewyorker
Comma Queen(『The New Yoker』チャンネル内の再生リスト) https://youtube.com/playlist?list=PLo1TdazaYsoryZnM39HXDB4I9wHBGevy9

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著者略歴

  1. 佐野隆広(タカラ~ム)

    本が好き!レビュアー(本が好き!レビュアー名:タカラ~ム)。はじめての海外文学フェアスタッフ。間借り本屋「タカラ~ムの本棚」店主
    11月から、はじめての海外文学vol.6がはじまりました。

    はじめての海外文学 公式サイト
    https://hajimetenokaigaibungaku.jimdofree.com/

    はじめての海外文学vol.6応援読書会(オンライン読書会)
    https://www.honzuki.jp/bookclub/theme/no395/index.html?latest=20

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