本とその周辺にある事柄・人をつなぐ

MENU

三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、デザイナーズハウスが舞台のサスペンスミステリ『冷たい家』

今月の1冊 『冷たい家』

書籍:冷たい家』
(JP.ディレイニー, 唐木田みゆき(翻訳)/早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/270487/

 

選書理由

ミニマリストがつくった建物が舞台…というそのシチュエーションに惹かれた。島とか屋敷とか、ミステリには舞台設定がつきものだけど、現代では「ミニマリストの建築」が舞台になるのだ。面白くないわけないじゃない!?

ブックレビュー

家のなかでは、なにが起こっているかわからない。
だから私たちは家のそとから、家のなかでなにがあったか、想像するしかない。
――それがミステリの大原則である。考えてみれば私たちの生きている世界というか、現実も同じようなものだけど。そとから見たらまったくわからないような「なかで起きてること」が世の中にはしばしば存在している。
それはまるで、小説のなかでなにが起こっているのか、読んでみないとわからない、結局読むことでしかそのなかにはいることができないことと、同じなのかもしれない。

この物語は、新進気鋭のミニマリスト建築家がつくったデザイナーズ・ハウスが舞台。そこには、とある厳しい規則を守らなければ入居することはできない。
物語は、過去と現在――ふたつの時系列によって展開する。過去パートはエマ、現在パートはジェーンが主人公だ。
ふたりはミニマリストの建築家・エドワードが設定した膨大な審査を終え、そしてエドワードと面談することになる。
なぜ審査が膨大かといえば、ひとえにエドワードの入居基準がものすごく厳しいから。 そしてエマは審査に合格し、家へ入居するも、退出することになる。ジェーンはエマのあとに住人となる。ふたりの共通点といえば、心になんらかのトラウマを抱えていることくらいだ。
さて、ジェーンはなぜ家を出ることになったのか? そしてエマはジェーンと同じ運命をたどるのか?
作者の語りが硬質で、ミニマリストの家に似つかわしいものである点も注目したい作品だ。

面白いのが、エマとジェーンの対比によってこの作品の面白さがより優っていくことだ。 エマのパートとジェーンのパートは交互に現れる。時系列をわざと混乱させている作者の狙いはどこにあるのか? と読者は疑問に思う。だけどあるとき、ふっと糸が切れたようにエマのパートが消えるのだ! その瞬間がなかなか快感というか、ぞくぞくして、私は「面白いもん読んでんなー」とにこにこしてしまう。

 家が建築家の思い通りに住居者を住まわせるものだとしたら、小説は作家の思い通りに読者を操るものなのかもしれない。
「あ、ここでこうやって驚いてほしいから、今までこういう語りにしてたのか!」と作者の狙いに気づくとき、まるで主人公たちが住居に住んで建築家の影を感じていたのと同じような感覚に襲われる。
そのとき、私たちもまた、作家の建てた家の住人になるのである。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:葬儀を終えて
(アガサ・クリスティー,加島祥造(翻訳)/ 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/42833/

〈おすすめポイント〉
お屋敷ミステリといえばこれ! 絶対面白いし怖いから、と太鼓判を押してしまうクオリティ。まずはこれを読んでほしい、絶対に背筋の凍る面白さを感じられる本だから!

 

書籍:新装版 絃の聖域
(栗本薫/講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/232158/

〈おすすめポイント〉
こちらは和製お屋敷ミステリ。日本家屋を舞台に、閉鎖的な伝統のある家に起きたとある事件を描く。日本家屋ミステリってだいたい日本のムラ社会が原因でなんか事件起こる気がしますね。国民性なんだろうか。

 

Kaho's note ―日々のことなど

建築っていつの時代もミステリ心をくすぐるキーファクターなのだなあ、と読みながら思いました。建築好きの友人と旅行にいったことがあるのですが、自分では気づかないような「この建築面白いよね!」という話を聞けて楽しかった思い出があります。建築の審美眼ほしいなあ、街中歩いてても楽しくなりそう。東京はいろんな街が混在する場所だから余計に。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2019年8月月間人気書評ランキング

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

閉じる