今月の一冊は、何にも代えがたい、キラーフレーズの鮮やかさ『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』(講談社)
今月の1冊、『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』(講談社)
書籍:『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』
(ルシア・ベルリン, 岸本佐知子(翻訳) / 講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/305828/
選書理由
ルシア・ベルリンの小説は以前読んだときもすごく好みだったので、新刊が出た時は嬉しかったのです! 今回も期待に違わずよかった。
ブックレビュー
ルシア・ベルリンの小説の良さは、何にも代えがたい、キラーフレーズの鮮やかさだと思う。
「海が退屈だなんていうことがある?」
「ではきみにとっては何が退屈なのかな」
「なにも。あたしは一度も退屈したことなんかないの」
「まあたしかに、きみは退屈しないためならどんな苦労も厭わないような人だ」
(「泣くなんて馬鹿」 ルシア・ベルリン著、岸本佐知子訳『すべての月、すべての年 ルシア・ベルリン作品集』所収)
選ぶ言葉のセンスの良さが、小説を読むときのたのしさを思い出させてくれる。ああ、こういう言葉たちに触れたくて自分は小説を読んでいるのだと、分からせてくれるのだ。
『すべての月、すべての年』は短編集なのだが、短編というよりもスケッチ集のような感触がある。
いまふうの短編集というと、短い小説のなかでちゃんとオチをつけて落とすこと、あるいは読者がはっとするような切り込みかたをすることなど、起承転結がしっかりあるものが多い(ように思う)。が、ルシア・ベルリンの短編小説は、むしろ小説とはこういうふうに言葉だけですべての鮮やかな風景を切り取り得るのだ、と確認するようなものになっている。あらすじなんてほとんど添え物でしかないのかもしれない、小説のなかに少しでも読者の心をぎゅっと掴むような一文や、一場面さえあればいいのかもしれない、と。
『すべての月、すべての年』に収められた小説たちは、走るバスの車窓から、ぼーっと景色を眺めていた時みたいに、たくさんの景色を私たちに見せる。そしてその景色は、ほかでもないルシア・ベルリンの美しい言葉たちによってつくられている。
とくに彼女の描く小説は、アメリカの田舎の風景を舞台にするものが多い。
ニューメキシコとメキシコの国境だとか、湿っぽさのない空気。たぶんその風景も、彼女の簡潔な文体とも相性がいいのだろう。
たとえば本書に収録されている小説「哀しみ」は、カルフォルニアで看護師をしていた姉ドロレスとメキシコシティに住んでいた妹サリーの二十年ぶりの再会の物語。母が亡くなったから久しぶりに会うことになったのだ。サリーは乳房切除手術を受けたばかりで、おまけに旦那に浮気され、そのことを気に病んでいる。彼女たちは浜辺で夏を過ごすことになる。
スキューバをやったり、砂浜で日に焼けたりしているなかで、ふたりは母を喪ったことや乳房を喪ったことの痛みをすこしずつ海に溶かす。その様子が、なんだかへんに湿っぽくなくて、カラッとしていて、姉妹の関係性もなんだかんだ良くて、「ああいいなあ」と思わずにはいられない。
辛いことがあったとき、その痛みを癒すのは、決して湿っぽいやさしさじゃないのかもしれない。
ルシア・ベルリンの描く風景を読むたびそう感じるのは、私が彼女の描く痛みにほかでもない明るい癒しをもらっているからなのだろう。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『掃除婦のための手引き書 ルシア・ベルリン作品集』
(ルシア・ベルリン, 岸本佐知子(翻訳) / 講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/279883/
書籍:『ひみつのしつもん』
(岸本佐知子 / 筑摩書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/281207/
翻訳家の岸本佐知子さんによるエッセイ集。私は彼女のエッセイもかなり好きなのです。こういうテンションで文章書けたらいいなと思ってしまう。岸本佐知子入門にこちらからいかがでしょうか。
Kaho's note ―日々のことなど
今年の6月は暑くなったと思ったら寒くなり、気候が安定せずつらくなかったですかみなさん!? 私は寒いのが嫌なので、寒い季節に逆戻りするのが許せません。ちなみに6月中旬現在、いまだに冬用のパジャマを着ています(実話)。
三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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