今月の一冊は、人生は一筋縄ではいかないからこそ、「生きる」意味がある。江國香織が描く三姉妹の物語『思いわずらうことなく愉しく生きよ』(光文社)
今月の1冊『思いわずらうことなく愉しく生きよ』(光文社)
書籍:『思いわずらうことなく愉しく生きよ』
( 江國香織 / 光文社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/14016/
選書理由
『思いわずらうことなく愉しく生きよ』というタイトルだけですでになにかに勝っているのだけど、本当にそんなこと可能なのか? いやむしろそうできないからこそ、そうでありたいと願うタイトルなのか? と考えつつ読みました。女性が集まってわいわい話す小説、大好き!
ブックレビュー
「人生は考え抜くものではなく、生きるものなのよ」
そうつぶやく江國香織作品の主人公は、たしかに、考えるよりも前に生きている。深夜にアーモンドチョコレートを一気に食べたり、ゆったりとお風呂に入ったり、何人かの恋人とそれぞれ会ったり、スーパーの品物をきちんと見たりすることによって。江國香織が描く小説を読むと、たしかに【思いわずらうことなく愉しく生きる】方法が、綴られているような気がする。
でも同時に、ここに登場する主人公たちは、けしてただ愉しく生きているわけではない。思いわずらうようなこと、というか、思いわずらってしまわざるをえないことが、彼女たちの人生には降りかかる。男女関係の不和、家庭内暴力、他人というアンコントローラブルな存在が彼女たちの快適な日々を壊す。
だけどそれでも主人公たちは言う。人生は、「思いわずらうことなく愉しく生きよ」と。
物語の主人公は、三姉妹の麻子、治子、育子。麻子は専業主婦、治子は外資系に勤めていており(江國香織作品にはめずらしいバリキャリ女性!)、育子は教習所の事務員。三者三様の人生を歩んでいるが、三人とも、恋愛や結婚について、一筋縄ではいかない日々を送っている。
タイトルの「思いわずらうことなく愉しく生きよ」という言葉は、三姉妹が育った家族の家訓だった。その家訓どおり、三姉妹はそれぞれ、自分の人生の鬱屈をすこしでも軽くするようなルールや習慣を持っている。
読んでいると、「なんでこんなに女の人のほうがしっかりしているのか……」と思ってしまうくらい、男性のほうが常にぐらぐらと揺れていて、彼女たちは、自分の求めるものにたいして毅然といるように見える。たとえば長女の麻子は夫から家庭内暴力を受けており、なかば共依存関係に陥りながら暮らしているのだけど、しかしそれは麻子が弱いからということではないように見えてくるのだ。弱いのは麻子ではなくて、夫の邦一の弱さや未熟さを、麻子が受け止めている、かのようにこの小説は描く。もちろん周囲が放っておくはずもなく、暴力に気づいた妹たちはなんとか彼女をすくおうとするのだけど、それとはべつに、麻子の日々は、彼女が強すぎたことの弊害のように見えてしまう。
たぶん邦一よりも麻子のほうが、「思いわずらうことなく愉しく生き」る方法を知ってしまっているのだ。自分の苛立ちやしんどさを外にぶつけることなく、自分の内側で消化してやりすごす方法を習得している。だからこそ、邦一の暴力に対して、「かわいそうに」と耐えられてしまう。
今風に言えば、「自分で自分の機嫌をとる」方法を、麻子(だけでなく三姉妹みんなだけど)は、よく知っている。だけどだからこそ、他人の未熟さを包み込んでしまう。
強くなりすぎることは、切ない、と私なんかは感じてしまう。
思いわずらわないことは訓練だ。愉しく生きる方法は習慣で体得できる。
だけど、だからこそ他人の未熟さを飲み込んでしまえる女たちがいる。それはいいことだけではないような気してしまう。
三姉妹がどうか幸福なほうに進めますように、そして本当の意味で「愉しく生きる」ことができますように、と、小説の終わりには願わずにはいられない。
この本を読んだ人が次に読むべき本
書籍:『手のひらの京 (新潮文庫)』
(綿矢りさ / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/277206/
最近読んだ三姉妹モノといえばこれ。現代版『細雪』、京都に暮らす三姉妹の物語。『思いわずらうことなく愉しく生きよ』よりはからっとした姉妹の恋愛模様を描いているけれど、時折挟まれる京都の描写がうつくしい。
書籍:『木曜組曲』
(恩田陸 / 徳間書店)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/274729/
亡くなった女流作家の住んでいた洋館に集まる五人の女性は、「全員文筆業」。女流作家の謎の死について、五人がそれぞれ語り始める……。単純な四姉妹ではないものの、親戚関係のある四人の女性が喋っているさまを読むのが楽しい小説。姉妹モノでミステリが好きな人はぜひ。
Kaho's note ―日々のことなど
小説でもまんがでも映画でも、「大人の女性がわいわい話すシーン」ってなんとなくいいですよね。最近Netflixで『ガールフレンズ・オブ・パリ』というドラマを見ているんですが、パリのおしゃれな町並みで女性たちがきゃっきゃと話すシーンが多くてたのしいです。一話30分で見やすいので、Netflixユーザーの皆さんはぜひ。
Information
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書籍:『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』
(三宅香帆 / 笠間書院)
書籍詳細URL:http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305709288//
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