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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、美しい文体で描かれる、ある一家の物語。その中にウルフの苦悩がくっきりと浮かび上がる『灯台へ』(岩波書店)

今月の1冊、『灯台へ』(岩波書店)

書籍:灯台へ
(ヴァージニアウルフ、御輿哲也 (翻訳) / 岩波書店)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/57943/

 

選書理由

かなり昔に読んだことのあった、ヴァージニア・ウルフの名作。数年ぶりに読み返そうと思い、読んでみました!

ブックレビュー

ヴァージニア・ウルフ。と聞くと、最近ではフェミニストの作家として知る人も多いかもしれない。彼女のエッセイ『自分ひとりの部屋』の内容を聞いたことがある人もいるだろう。「自分ひとりの部屋」とは何かといえば、「女性が小説を書こうとしたら、お金と自分ひとりの部屋を持たねばならない」という主張のことだ。20世紀初頭の発言であるが、21世紀を生きる私たちが聴いても「うーむそのとおりだ」と頷いてしまう内容ではないだろうか。
が、ウルフといえば、それだけではない。彼女は小説家である。

ウルフの小説『灯台へ』の舞台は、スコットランドに位置する孤島の別荘。物語の主人公は、その別荘でひと夏を過ごす、ラムジー一家である。
小説は三章で構成されている。第一章はラムジー一家と彼らが招いた来客が別荘で過ごした一日を綴る。第二章になると、10年後のラムジー一家――既に子どものひとりが戦死し、ラムジー夫人も亡くなっている――が描かれる。さらに第三章では、久しぶりに別荘にやってきたラムジー一家が、10年前に行くことができなかった「灯台」へ向かう様子を、客人の画家が記述するのだった。
そう、この小説はほとんどまる二日、夏のある1日と、それから10年経ったある1日を記述するだけに終始している。文学の教科書では「意識の流れ」と呼ばれるようなウルフの文体は、とにかく主人公たちの感情の流れを細かく記録するので、1日を描くだけでもたっぷりと分量があるのだ。

物語の軸は「ある家族が灯台に行くという約束をいかに果たすのか」というものなのだが、そのなかに、ラムジー家の母の死、戦争の影、そして客人である画家・リリーの芸術家としての葛藤といった主題が描かれている。
リリーにとって、亡きラムジー夫人には、どこか“母”の面影が付きまとう。たとえば第一章で独身のリリーを見てラムジー夫人は「とにかく結婚しなさい!」と叫び、リリーはそれに葛藤する。まるで母と娘のよくある光景のような場面だ。
そう、独身であり芸術家であった女性リリーの苦悩は、どこかウルフ自身の苦しみとも重なるのだ。

では何が問題なのだろう? 捉えようとしても指の間からすり抜けてしまうような何かを、どうにかして捉えねばならない。その「何か」は、ラムジー夫人のことを考えているとすり抜けていき、今はまた、自分の絵のあり方について思い悩んでいても逃げ去ってしまう。言葉(フレーズ)なら思いつくし、ヴィジョンも浮かんでくる。それなりに美しい光景だし、美しい言葉だとも思う。だが本当につかみたいのは、神経の受ける衝撃そのもの、何かになる以前のものそれ自体なのだ。
(ヴァージニア・ウルフ著、御輿哲也訳『灯台へ』岩波文庫p376)


リリーの絵を描く際の苦悩は、ウルフ自身の「小説で捉えたいもの」が映し出されている。リリーが思い悩んだのと同様に、ウルフもまた、「神経の受ける衝撃そのもの、何かになる以前のものそれ自体」を小説で描き出そうとして、そしてこのような文体を生み出した。
美しい文体で描かれる、ある一家の物語。それはウルフが小説家として、ひとりの女性の芸術家として、苦悩した跡がくっきりと浮き上がってくるような傑作となっている。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:自分ひとりの部屋
(ヴァージニアウルフ、片山亜紀(翻訳) / 平凡社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/237731/

〈おすすめポイント〉
現代こそ読まれてほしい、女性が仕事をして生きてゆくことの困難と、そこへの挑戦を説いたエッセイ集。ウルフくらい才能のあった人でも、やっぱり環境を整えることがなにより大切だと言ってるんだな……と実感する一冊です。

書籍:波〔新訳版〕
(ヴァージニアウルフ、森山恵(翻訳) / 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/299161/

〈おすすめポイント〉最近、森山恵さんの翻訳で早川書房から新版が刊行されました! 『灯台へ』に負けず劣らず文体が美しい小説。ウルフの描く「記憶の中の海」は絶品です。

 

Kaho's note ―日々のことなど

最近『あまちゃん』の再放送をBSでしていて、毎日楽しく見ております。『あまちゃん』、二度目の視聴なはずなのに新鮮に面白すぎる! 感動しますね。やっぱり面白いものって何度見ても面白いんですよ……!! もし『あまちゃん』見たことのない方がいたら見てください、本当に毎日の楽しみになりますよ~!!!

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

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