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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、他者への無自覚なまなざしが引き起こしてしまう悲劇『青い眼がほしい』(早川書房)

今月の1冊『青い眼がほしい』(早川書房)

書籍:『青い眼がほしい』
(トニモリスン, 大社淑子 (翻訳) / 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/39099/

 

選書理由

むかし読んで衝撃を受けた小説だったので、ぜひ紹介したい! と選びました。黒人差別の話と遠ざけず、自分たちにとってもがっつり身近な話なんだと思って読んでほしいです。

ブックレビュー


「あー、きれいになりたいなあ」と友達とぼやきながら笑うことがある。
正直、10代のころは、若さだけで可愛さを担保できたり、あまり周囲も化粧していないためみんな容姿も似たり寄ったりだったりするけれど、20代も半ばをすぎると、容姿のためにすべきことが無限に生まれてくる。いや、単純に「容姿のため」というよりは、世間の規範、そしてそこから生まれる評価と、自分の満足と優越感、そしてよくわからないけど「もっといい自分になれる気がする」という信仰に近しい期待のため、といったほうが正確かもしれない。
しかし、ふと容姿にまつわる言説を振り返ってみると、たとえば「こうしたほうが美しい」という言葉は、容易に、「こうでないと美しくない」という言葉に転換される。
たとえば、がんばってダイエットしてきれいになった女の子に「えらいね、きれいになったね」という言葉がかけられるのは肯定されるべきだと思うけれど、ダイエットしない女の子に「もっとやせたらきれいになるのにねえ」なんて言うのは完全にセクハラだろう。
言い方次第で、差別になってしまう。そしてそれは、その先に、「やせてるほうがえらい」「やせてないほうがえらくない」という、差別、というか、上下を生む思想をつくりだすことになってしまう。これを人はルッキズムという言葉で非難する。だけど思想を非難されたところで、ダイエットしたい女の子はいつまでもそこにいる。
「ダイエットしたいな」なんて言うのはあまりに簡単なのに、その言葉と、差別というものの距離が、あまりに近いことに、私たちはいつも無自覚だ。
今回紹介する『青い眼がほしい』という小説には、黒人の少女・ピコーラがタイトルのとおり「青い眼がほしい」と祈る場面がある。
大恐慌時代のアメリカが舞台だが、人種差別があまりに根深く、黒人の少女自身に、白人のお人形を抱かせ「私もこんなふうになれたら」と願わせてしまう。

小説のなかでは、彼女たちを取り巻く差別、いじめ、性暴力、児童虐待などの場面が多く、読んでいると胸が痛くなってくる。ピコーラがその原因を「青い眼があれば、こんな現実にならないのに」と思ってしまうことも、読者としては、あまりにつらい。
だけど同時に、これを単なる「アメリカで起きた黒人差別の被害にあった少女の話」としてとらえていいのだろうか、とも思う。
もちろん差別そのものは実際にあったことで、社会問題に対する提起として読めるのだけど。でもそれ以上に、もっと普遍的な、「美しくありたい」とか「この人は美しくない」とか、そういう、私たちの素朴な欲望や判断が生み出すことの無自覚なグロテスクさ――を描いた話のような気がするのだ。
ピコーラの周りにいるひとびとは、自分の「この人は美しくない(なぜなら黒人だから)」という判断に、どれだけ自覚的だっただろうか。
そしてピコーラが、他人の判断をとおして、「そうか自分は美しくないんだ(なぜなら黒人だから)」という自己批判に至ったことを、どれだけ知っていただろうか。
他人の無自覚かつ傲慢なまなざしによって、幼い少女がどういう状態になったのか。私たちは、おそらく想像することができない。いつも差別や偏見は、弱いほうへ弱いほうへと被害をもたらす。

作者はそれを「わたしたちが殺してしまったもの」と表現する。偽物の青い眼のほうがほしい、と願ったピコーラの悲劇について、ここですべては言及しないけれど、やっぱり人の無自覚さほどグロテスクなものはない、としみじみ感じさせる物語になっている。
「青い眼ってきれいだよね」という言葉はそんなにわるくない気がしてしまうけれど、「青い眼じゃないから醜いよね」という言葉ははっきりと誰かを傷つける。その差に無自覚ではいけないのだ。

「あー、きれいになりたいなあ」
と私たちは映画のヒロインを見ながら呟いたりするけれど、11歳のピコーラもまた、白人の人形を見ながら呟く。
「あー、青い眼がほしいなあ」と。
2020年の日本を生きる私たちの周りにも、ピコーラはいると思う。そして私たち自身のなかにもまた、ピコーラはいるんだろう。
だからこそ、もっと他人へのまなざしに私たちは自覚的になったほうがいい、と小説を読むと思う。無自覚なグロテスクなジャッジが、殺すものって、意外と、大きい。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:愛か、美貌か―ショッピングの女王〈4〉
(中村うさぎ / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/175096/

 

〈おすすめポイント〉
ルッキズムと人間の欲望の行き着く先について考えたい人におすすめ、作家中村うさぎによるホスト・美容整形どハマり体験記。ルッキズムの果てにあるのは、自分のことを誇示したいプライドをいかに満たすか、というたたかいなのかもしれない。

 

書籍:「亜美ちゃんは美人」(『かわいそうだね?』所収)
(綿矢りさ / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/186949/

 

〈おすすめポイント〉
だれがみても美人だという究極のかわいさをもった亜美ちゃんは、だれがみても反対するような変な男と結婚してしまう。美は、愛されることは、人を救うのか? あるいは人を孤独にするだけなのか? 美人がテーマの小説を読みたいときに。

 

Kaho's note ―日々のことなど

今年の夏休みは、こんなご時世なのでどこにも行かず、引きこもって原稿書いたり本を読めたりできたのでとっても楽しかったです~!! って書いて気づいたんですが、これほんと私の普段の生活ですなんですよね……。コロナが流行ってからというもの、自分のインドアっぷりを自覚する日々です。アウトドアのみなさまもどうかインドアライフを楽しめますように。ちなみに9月に新刊が出るので、ぜひ読書の秋のおともにしてください!(詳しくは三宅香帆Twitterをご覧いただけたら幸いです~)。

 

Information

三宅香帆さん最新刊が9月23日発売決定!

 

書籍:(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法
(三宅香帆 / 笠間書院)
書籍詳細URL:http://shop.kasamashoin.jp/bd/isbn/9784305709288//

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2020年7月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

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