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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

「自分がうつされること」よりも「他人にうつしてしまうこと」のほうが怖い。コロナ禍の今だからこそ、カミュの心情が理解できてしまう『ペスト』(新潮社)!

今月の1冊『ペスト』(新潮社)

書籍:『ペスト』
(カミュ,宮崎嶺雄(翻訳) / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/1618/

 

選書理由

現在の社会情勢と重なる小説……として突如ベストセラー入りした『ペスト』。まさか今になってカミュの文庫本がAmazonで売り切れる日が来ようとは。あまりに現在の状況と重なるところがありすぎて、読むのがちょっとつらいかな……と最初は思っていたのですが、読み続けてみると普通に小説として面白くなってしまいました。

ブックレビュー

「ある町を知るのに手頃な一つの方法は、人々がそこでいかに働き、いかに愛し、いかに死ぬかを調べることである。」 カミュ『ペスト』(新潮社、1969年)


どのように生きたか、を語る小説は数あれど、どのように死んだか、を語る小説は意外と多くない。『ペスト』という小説のなかでは、人はぱたぱたと死んでゆく。原因は街で流行し始めた感染症、ペストだ。
なんだか『ペスト』に描かれている景色がまったく他人事ではなくなってしまった世の中だが、「街を封鎖」「対応に追われる公務員」「人の密集地帯は避けろという命令」など、今も昔も変わらない風景が小説中には綴られる。とくに経済至上主義のひとびとや、役所や政治家といったひとびとが、なかなか病気を直視しようとしない描写には、「うーむ、今も昔も変わらないなあ……」と苦笑してしまった。
しかし何よりも私が面白いなあ、と思ったのは、この『ペスト』という小説の大きな特徴が、感染症という題材を扱っているにもかかわらず、「ペストをうつされること」よりも、「いかにペストを人にうつさないか」を大きなテーマに掲げていることである。
小説のテーマというのは、ある種、作者にとってラディカルかつ切実な問いかけであることが多いのだが、つまりこの時のカミュにとっては、ペストが流行したとき自分がうつされることよりも自分が他人にうつしてしまうかもしれないことをいかに扱うか、のほうが、大問題だったということである。
主人公タルーは述べる。「実際、リウー、ずいぶん疲れることだよ、ペスト患者であるということは」と。

「誰でもめいめい自分のうちにペストをもっているんだ。なぜかといえば誰一人、まったくこの世に誰一人、その病毒を免れているものはないからだ。そうして、引っきりなしに自分で警戒していなければ、ちょっとうっかりした瞬間に、ほかのものの顔に息を吹きかけて、病毒をくっつけちまうようなことになる。自然なものというのは、病菌なのだ。そのほかのもの――健康とか無傷とか、なんなら清浄といってもいいが、そういうものは意志の結果で、しかもその意志は決してゆるめてはならないのだ。りっぱな人間、つまりほとんど誰にも病毒を感染させない人間とは、できるだけ気をゆるめない人間のことだ。しかも、そのためには、それこそよっぽどの意志と緊張をもって、決して気をゆるめないようにしていなければならんのだ。」 カミュ『ペスト』(新潮社、1969年)


そう、カミュは、「病菌を持っている状態」こそが「普通」、と言うのだ。健康だったり清潔だったりというのは「意志」と「緊張」の結果であって、だからこそ、そういうふうにあろうと緊張していなければ、他人にとっても病菌をうつす加害者になってしまうのだ……と。
かなりストイックで、厳しい考え方だなあ、と普通に読んでいたら私は思っただろう。だけど今みたいな状況になると、「自分がうつされること」よりも「他人にうつしてしまうこと」のほうが怖い、その心情がたしかにちょっと理解できてしまう。
ただ、カミュは「ペスト」というものを、ただの感染症としては描いていないところも大切な点だ。「ペスト」とは、誰の心のなかにもある、怠惰、暴力性、悪、そういうものの比喩でもある。なぜならこの後、小説の中では「人は神によらずして聖者になりうるか」という問いたてが生まれているから。つまり、カミュは「人に感染症をうつさないように気を付けようとする緊張した態度」こそが、「聖者」を生むのだと考えていた。
カミサマが見ているから聖者であろうという態度のかわりに、「人に悪いものをうつしてしまわないようにしよう」という態度をカミュは用意していたのだ。(このへんは当時のドイツのカミサマに対する思想が影響してるとは思うけども。興味ある人はニーチェとかについて調べてください)。
今になって、なんとなくカミュの言いたかったことがわかる。何が起こるかわからない世界の中で、何の意味があるのかと問いかけたくなる世界の中で、それでも、自分はいい人間であろう、他人に対して悪いものを贈る人間でないようにあろう、という態度こそが、何かを担保し得る。何か、というのは、具体的に、何とは言えないけれど、それでも、そこで担保される何かがちゃんとある、と私は思っている。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:シーシュポスの神話
(カミュ / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/12231/

 

〈おすすめポイント〉
私がカミュ作品のなかでいちばん好きな著作はこれ。「真に重大な哲学上の問題は一つしかない。自殺ということだ。人生が生きるに値するか否かを判断する、これが哲学の根本問題に答えることなのである」という書き出しは有名なので知ってる方も多いのでは? カミュの思索を辿れる一冊。

 

書籍:アウトサイダー
(コリン・ウィルソン,中村保男 (翻訳) / 集英社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/287830/

 

〈おすすめポイント〉
カミュについて論じた著作のなかでいちばん好きな作品なので、カミュ好きな人は読んでほしいなあ。さまざまな作家や哲学者を「実存の病」というテーマで切り取りつつ論じた文学批評。

 

Kaho's note ―日々のことなど

日々変わる世情の中で、何を書くにも、どう書いたらいいのかなあと思って迷ってしまう今日この頃。うう、原稿が進まないよー。と泣き言いってないでがんばります。仕事があるのはありがたいことです。そして本を届けてくれる配送業者さんに感謝、感謝。どうか一日でもはやく、いろんなことが落ち着いてゆきますように!

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2020年3月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』(笠間書院)。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
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