今月の一冊は、異郷に生きる人々の多層的な葛藤を描く『マナートの娘たち』(東京創元社)
今月の1冊、『マナートの娘たち』(東京創元社)
書籍:『マナートの娘たち』
(ディーマ・アルザヤット、小竹由美子(翻訳)/東京創元社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/315721/
選書理由
「なんとなくいつか読みたいな」と書店で気になっていた一冊。読み終えて、「今のタイミングで読めてよかった」と心から感じた一冊でもありました。
ブックレビュー
アメリカ文学を読んでいると、移民文学、というジャンルにしばしば出会う。
自分が生まれる前に刊行された古典的な文学作品から、現代の作家が手掛けたデビュー小説に至るまで、さまざまな場所で、移民と呼ばれる人々が書いた小説がある。
もちろん日本にも存在するジャンルではあるが、アメリカの小説界におけるその存在感は、追随を許さない豊潤さを誇っているように見える。
そういう意味で、この小説はアメリカ文学における移民文学史にその名が刻まれること必至の作品だろう。というのも現代の移民系作家が綴った本作は、私たちの想像をはるかに超えて複雑で、そしてさまざまな視点を内包した短編集だからである。
たとえば収録された短編小説「懸命に努力するものだけが成功する」は、日本でもしばしば告発される「#Me Too運動」の文脈を引き受けた作品。主人公はアラブ系女性のリナ。彼女は「自分がアラブ系に見えない」容姿をしていることを自覚していた。しかしインターン生としてあるパーティーに呼ばれた夜から、彼女の人生は変化してゆく。
若い女性が会社で出世しようとするときの、間違った野心の扱われ方について語る人は多い。しかしこの小説は、そこにもう一枚「アラブ系移民」というレイヤーを主人公に負わせる。リナの葛藤は、移民として生きる人々の抑圧を映し出す。読んでいて胸が痛くなりつつ、共感する女性は多いのではないだろうか。
あるいは表題作「マナートの娘たち」はまったく違うテイストの作品。現代を生きる少女「わたし」の語りと、もうひとりの「わたし」である少女の叔母の語り、そしてある女性の幻想物語が組み込まれた小説になっているのだ。
「マナート」とは、イスラム教をムハンマドが布教する前の時代にアラビア半島で信仰された女神のこと。つまりタイトルの「マナートの娘たち」とは、世代を超え、宗教を超え、それぞれ傷つきつつも懸命に生きる女性たちの姿を表現するのである。
本作の訳者はあとがきでこのように記している。
出版業界は移民系作家に、各々の文化を代表し、それをメインストリームの白人読者に口当たりがいい形で提供することを期待するが、そんなのはまっぴらだ、ならばその「文化」をうんと複雑なものにしてやろう、と思いながら書いてきた、とアルザヤットは言う。 (小竹由美子「訳者あとがき」『マナートの娘たち』)
たしかに作者アルザヤットの述べる通り、本書に収録された9編は、それぞれテイストも立場も異なる小説たちになっている。しかしだからこそ、異郷に生きる人々の多層的な葛藤を描くことに成功するのだ。
本書を通して聴こえてくる「マナートの娘たち」の声に、ぜひ耳を傾けてみてほしい。
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