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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、昭和史ノンフィクションの名作『決定版 日本のいちばん長い日』(文藝春秋)

今月の1冊、『決定版 日本のいちばん長い日』(文藝春秋)

書籍:『決定版 日本のいちばん長い日』
(半藤一利 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/9357/

 

選書理由

半藤先生の訃報には驚きましたが、これからもずっと読み継がれてほしい、不朽の名作ノンフィクションだと思います! むしろ今こそ読まれてほしい、今読むとドキッとするところもあるのでは、と。

ブックレビュー

「進むか、退くか。このような危険な瞬間においては頼りになる人物が必要であった。正しく判断し、仲間の陰謀者たちの無謀を叱りとばし、いまなにをすべきかについて確信させるような人物こそ必要であったが、その役割をはたす心の余裕は誰にもなかった。彼らは退くことを考えなかった。矢はすでに弦を放たれたのだという古くからの表現を心中にかみしめていた。ままよ、あいともに刺しちがえて果つるまでだと、いちばん冷静であるべき井田中佐すらも考えた」
(『日本のいちばん長い日』)
いけいけ、がんばれ、と煽ることはできる。でも、もうやめよう、と言うことが、できない。ここまでだ、と冷静になって判断することが、一番難しい。
そんな状況に置かれたのが、第二次世界大戦末期の日本軍だった。本書は、ジャーナリスト半藤一利が、日本が終戦を決定する一日に迫ったノンフィクションだ。昭和二十年八月十五日の二十四時間。そこでは、「いかに敗戦を認め、どのように終戦に持ち込むかを決断する意思決定プロセス」が十二分に語られていた。
実はこの本を原作にした映画もあるのだが、本のほうが、彼らの思考や行動の詳細がわかりやすく感じる。半藤利一の筆跡からは、日本軍をはじめとする当時の日本を引っ張っていた若者たちが何をしたくて、誰とクーデターを企てていたのか、嫌と言うほどに伝わってくる。
日本史を思い返してもらえれば分かると思うのだが、戦争末期、ポツダム宣言を無視した日本に原爆が投下され、ソ連は満州に侵略。到底、日本が勝てる状況ではなかった。
しかし宣言を受諾するのかどうかずるずると決められないだけでなく、日本軍のなかではクーデターの話が持ち上がある。海軍と陸軍で主導権争いが続いていたのである。
「えっ!? これ以上なんで戦争を引き延ばすの!? そのうえクーデター起こす!? 何でこの状況で!?」と最初は驚くのだが、読み進めると、彼らは本気で「日本のため」と思っていたことが分かる。日本軍関係者も、政治家も、そして天皇も、全員、国のためと考えて動いていた。しかしだからこそ、物語はちぐはぐになってゆく。
日本の組織は決断が遅い、とたまに聞く。しかし問題は、決断の遅さだけではなく、その決断を決定する責任の所在も曖昧なところである。
結局、本書のなかでは天皇がいろいろなものを被る形で責任を果たしたと語られる。もし今の日本で同じような状況になっていたら、どうなっていたんだろう……と想像せざるをえない。 今から読んでも、まったく遅くはない。日本の組織や責任のありかたを考えるのにきわめて重要な本だ。自分のいる組織や、政治についてなにかしら得るものがある一冊である。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:「超」入門 失敗の本質 日本軍と現代日本に共通する23の組織的ジレンマ
(鈴木博毅 / ダイヤモンド社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/193749/

〈おすすめポイント〉日本の組織論の名著を、現代風にアレンジして解説してくれる本。『失敗の本質』、日本軍から日本の組織についての課題を探るという点では面白いのですが、けっこう難しいので解説本からまずはどうぞ。

書籍:昭和史 1926-1945
(半藤一利 / 平凡社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/192468/

〈おすすめポイント〉
半藤先生の名著といえばこれ。戦前・戦中篇だけでも勉強になります。昭和史って、意外と知らないことも多いんだなとこの本を読むと驚きます。

 

Kaho's note ―日々のことなど

やっと過ごしやすい気候になりましたね! 私は最近、小岩井へ旅行にいってきたのですが、小岩井農場で食べたソフトクリームや牛乳がおいしすぎて、あの味が忘れられません……。なんであんなおいしかったんだろう……。小岩井農場は日本の宝。というわけで来年ふるさと納税することを決めました。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2021年8月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
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    https://m3myk.hatenablog.com/

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