本とその周辺にある事柄・人をつなぐ

MENU

三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、栄誉という「光」の裏にある、救いのない「影」を描いた北欧ミステリ『影』(小学館)

今月の1冊、『影』(小学館)

書籍:『影』
(カーリン・アルヴテーゲン / 小学館)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/24897/

 

選書理由

『影』は北欧文学ということで、あまり読んだことないジャンルだからこそ、読んでみたのですが……かなり陰鬱な家族の話で、面食らいました。笑

ブックレビュー

人間は、見えている姿がすべてではない。光にあたる部分もあれば、影になって見えなくなっているが、たしかに存在する部分もある。人間を一面的だと思っては、いろんなことを読み違う。そして「影」にあたる部分を、光の下に晒すのが、小説をはじめとして物語の仕事なのかもしれない、と思う。
ヤン・エリックの父は、世にも有名なノーベル賞作家。
しかしそんな父もいまは全身がマヒした状態で施設に入っている。エリックは父の栄誉にあずかって講演などで身を立てている。家庭に問題がありながらも、自分はこのまま生きていくのだと思っていた。
そんなエリックが、妹や家政婦の死の真相を知るのは、もっと後のことだった。その事実を知ったエリックは、自分、そして本当の父の姿を見ることになる。
身内の死の真相と、人生に成功をおさめたと思っていた父の、本当の姿。読み進めていくうち、「この小説に善人は出てこないのか!?」とくらくらするほどに救いのない物語に驚いてしまう。
小説の姿が、人間の裏の姿にある。光あたるところでは見えない、影の部分。罪を隠すために罪を重ねるひとびとが、これでもかと描かれ続ける。
前提として、作者であるアルヴテーゲンの住むスウェーデンでは、やはりノーベル賞がものすごく栄誉あるものだと思われていることがある、と小説の解説は語る。たしかに日本でも、ノーベル賞以上に知られている文学賞なんてない。作家という職業のなかでは最も、と言っていいくらいの賞だ。
しかし――これがこの小説の面白いところなのだけど――あとで「影」の姿が明らかになる父親もまた、最初からその「影」が濃かったわけではないのだ。
ただの普通の若者だった人間が、なにかを手に入れようと、もがく。努力をする。自分がなりたい姿になるために、才能を開花させようと、仕事に打ち込む。――そうしてやっと得た栄誉が、彼にとっては、ノーベル賞だったのだ。
そうして真剣に頑張って得た栄誉に、しがみついてしまったのが、「影」のはじまりだった。……だけど、小説を読むと感じる。頑張ってやっと得たものを手放したくないと思うのは、普通のことではないだろうか。「栄誉にしがみつく」なんて言い方をしてしまっては、ものすごく悪人に思えるけれど。やっと手に入れた努力の先にあるものが、あっけなくなくなってしまうなんて、信じたくないのが普通だろう。
息子のエリックだって、妻との仲はうまくいっていないものの、そうなると思って結婚したわけじゃないだろう。最初はきっとうまくいくと思って結婚したはずだ。なのに、それはあっけなくなくなってしまう。そうして人々が「影」を強くしてしまうさまを、この小説はこれでもかと描く。
光が強くなれば、影は濃くなってしまうのかもしれない。そうやってみんなバランスをとっているのかな、と、エリックやアクセスの姿を見ていると思う。なにもかもうまくいく、すべてが光のなかに包まれている人間なんていないのではないか、と。
人間には影の部分もある。それが普通なのかもしれない。
小説だから、普段は目にすることのない、影の部分を見られているだけで。この小説を読むと、そんなことまで考えてしまう。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:フリーダム
(ジョナサン フランゼン / 早川書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/204036/

〈おすすめポイント〉この小説も、ある家族をさまざまな面から見た姿を描いた物語。アメリカに住むとある家庭が少しずつ壊れていくさまを描きつつ、離れて自立する子供たちの姿も同時に綴られる。理想的な、普通の家族なんてどこにもないのかもしれない。作者のそんな言葉が見えてくる。

書籍:娘について
(キム・ヘジン / 亜紀書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/273653/

 

〈おすすめポイント〉
こちらは韓国の家族のあり方がテーマの小説。研究者になろうとしている同性愛者の娘を、母はなかなか受け入れられない。家族だったら受け入れてほしいけれど、家族だから受け入れられない。そんな葛藤を描いた小説なのだ。

 

Kaho's note ―日々のことなど

今年は梅雨入りがはやくて、これを書いているのは五月なのにはやくもじめじめしてますね……。カラッとした気候の国に行きたいものです! はやく旅行できるようになってほしいなあという気持ちが募る初夏ですね! 友達とする、「旅行行けるようになたらはやくあそこ行こうねえ」なんて約束ばかりが増えてしまいます。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2021年4月月間人気書評ランキング

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

閉じる