本とその周辺にある事柄・人をつなぐ

MENU

三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、「ごはん」を絡めた小説に革命を起こした『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)

今月の1冊、『おいしいごはんが食べられますように』(講談社)

書籍:おいしいごはんが食べられますように
(高瀬隼子 / 集英社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/305582/

 

選書理由

今年読めてよかった本のひとつ! なので、年末モードになって来た今、あらためて書評を書こうと選びました。

ブックレビュー

おいしいごはんが食べられますように。
そんなものは、人類共通の普遍的な願望だと思っている人は多いのではないか。「おいしいごはんを食べること」に、否定的な人は少ないように思う。しかし考えてみれば、それって乱暴な話だ。たとえば「たのしい運動ができますように」とか「すてきな本が読めますように」とか、そんな願望については、「まあその願望を持つかどうかは人それぞれだよね、その願望を持たない人もいるよね」とみんな頷くだろう。しかし「おいしいごはんが食べられますように」という願望については、そう頷かないのが普通らしいのだ。
さらにここに、「この場にいるみんなでおいしいごはんを食べられますように」とか、「恋人といっしょにおいしいごはんを食べられますように」とか、人間関係が良好である証としておいしいごはんが入ってくることもある。かなり、よくある。会社に出社していたころはみんなよく飲み会をしていたし、デートはまずごはんだと相場が決まっている。
おいしいごはんファシズム、とでも名づけようか。とくにおいしいごはんを食べなくてもいい人もいれば、人とおいしいごはんを食べたくはない人だって世間にはいるわけである。が、そんな声はなきものとされてきた。
本書は「おいしいごはん」をめぐる、会社を舞台にした、三人の人間関係を描いた物語である。


主人公の男性は、二谷。彼は世渡り上手で、会社でも重宝される男である。しかし二谷には秘密があった。
二谷と同じ職場には、ふたりの女性がいた。ひとりは、体調不良にしょっちゅうなるが、その申し訳なさを手作りケーキの差し入れで埋めようとする芦川。もうひとりは、元チア部で体力があり、仕事も熱心にやっている押尾。
二谷は押尾とよく居酒屋へ行くのだが、押尾は芦川のことをよく思っていないらしいことが分かってくる……。
会社を舞台にしたリアルな人間関係が、「ごはん」に絡めて描かれる物語である。


『おいしいごはんが食べられますように』の革命は、小説に登場する「ごはん」を、こんなにも不健全に描いたことではないだろうか。
というのも、たとえば「味のしないごはん」は物語の中にしばしば登場する。あるいは、「味のおいしいごはん」は例を挙げるまでもなくたくさん描かれている。ジブリ映画やグルメ漫画を参照するまでもなく、おいしいごはんをいかに描写できるか、という点に力を入れる物語は多い。
しかし『おいしいごはんが食べられますように』が描写するごはんは、ただただ、不健全なのだ。
それはジャンキーで健康に悪い、みたいなことでもない。心に悪いとか、自分の体を傷つけているとかそんな話でもない。
言ってしまえば、「正しくないごはん」なのだ。
しかし「正しくないごはん」しか受け付けない時も人生にはある。「正しくないごはん」はきっとずっと無視されてきた。それでも、そこを掬いとらなくて何が小説だろう、と思う。おいしいごはんファシズムに負けない小説。2022年になってやっとそれが出てきたのだろう。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:犬のかたちをしているもの
(高瀬隼子 / 集英社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/288807/

〈おすすめポイント〉おなじく高瀬さんの描く「男一人・女二人」モノ。出産をめぐる物語なのですが、やっぱりどうにもこうにも不健全な小説で、そこが私は好きです。

書籍:作りたい女と食べたい女 1
(ゆざきさかおみ / KADOKAWA)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/312810/

〈おすすめポイント〉
おなじく2022年に話題沸騰した「食べることの正しさを問う」物語。同じようなテーマが流行っているの、興味深いですね。こちらは男性なしの女二人で話が進むバージョンです。

 

Kaho's note ―日々のことなど

あっという間に年末が近づいてきて驚きます……。今年も短かったような長かったような。ラストスパート頑張ります! みなさんもどうか風邪ひかないようにお体気をつけて!!

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2022年10月月間人気書評ランキング

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

閉じる