本とその周辺にある事柄・人をつなぐ

MENU

三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、アメリカ文学らしい閉塞感を味わう『店員』(バーナード・マラマッド / 文遊社)

今月の1冊『店員』(文遊社)

書籍:『店員』
(バーナード・マラマッド,加島祥造 (翻訳) / 文遊社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/203595/

 

選書理由

マラマッドの小説、いつか読んでみたいと思いつついままで未読だったので、いい機会だと思って読んでみました。アメリカ文学らしい小説だなあ、と。

ブックレビュー

アメリカ文学でよく取り上げられるテーマがある。
アメリカと一口に言っても広い。たとえばアメリカ南部あたりなら、やはりキリスト教がテーマとして切っても切り離せない側面がある。黒人文学や労働者文学が多くなってくる。
変わって、ニューヨークなど都市部、あるいはサンフランシスコなどの西海岸になると、都市の孤独が描かれやすい。主人公も青年であることが心なしか多い気がする。やはり都市は若者のものなのだろうか。
アメリカ南部の物語が家族や土地の話が多くなるのに比べ、都市部や西海岸になるとぐっと一人暮らしで働く人の話が増える。日本でもそうだけど、やはり地方に行けば行くほど土着の信仰や家族の存在感が増すのに対し、都市に行けば行くほど仕事、つまりはお金稼ぎの話が多くなる。
しかしどの地域・切り口であっても、アメリカ文学は、どうも「閉塞感」がテーマになりやすいらしい。
あれだけ夢を見て、向上心を持っているにも関わらず、どこかで拭い去れない、閉塞感。
都市にいても地方にいても、お金があってもなくても、なぜか「このまま突き進んでいいのだろうか」「この先に未来はあるんだろうか」と不安を覚えてしまう。この先、ここには何もないんじゃないか。――成功を夢見るウォール街の明るさとは裏腹の、閉塞感が、小説を覆うことが多い。
前置きが長くなったけれど、マラマッドの『店員』は、そんなアメリカ文学らしい閉塞感をうまく描いた小説だと感じた。


自身もユダヤ系移民である作者マラマッドが描いたのは、ニューヨークで小さな食料品店をひらく、ユダヤ系移民の家族。
夫婦と娘の三人家族だったところにやってきたのは、イタリア系の青年フランク。
彼は自分の成功を夢見ていながらも、店になんと強盗に入る。食料品店も貧乏だが、フランクもまた貧乏な青年だったのだ。


しかしフランクは結局その店で働くことになる。こうしてフランクと一家との出会い――とくに娘ヘレンとフランクの関係や、フランク自身の人生、そして家族を覆う不安を描いた物語である。
フランクは、孤児院で育ち、今だってお金があるわけではないのだが、なんというか直情的で、貪欲で、それでいて常にどこか罪悪感や閉塞感を抱えているキャラクターだ。
それは彼自身の性格もあるのだけど、しかし同時にどこかで「アメリカで暮らすユダヤ人」というアイデンティティーの不安定さでもある。
たとえ不良少年だったとしても開き直ることができる人もいる。むかし悪いことをしていても、いま更生していたのなら、罪悪感をここまで覚えなくてもいい気がする。
しかしフランクはそうではない、悪いことをするのに、それでいて苦しんでいる人間だ。
フランクは「自分はユダヤ人だから苦しむのか? それとも人間だから苦しむのか?」と悩む。もちろんはっきりとした答えはない。ただ作者は、それは民族の問題でもあり、同時に人間みんなの問題でもある、というふうに描いている気がする。


アメリカ文学には、どこかで閉塞感が漂う。
それはアメリカという国の話でもあり、でも同時に、私たちのいる時代全体の話でもあるんだろう。
マラマッドの描くニューヨークは、どこか暗くて、お金がなくて、悩んでいる。1957年に描かれたこの物語を、いま読んでもなんとなく理解できるのは、イメージとは裏腹のアメリカの姿を私たちも知っているからかもしれない。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:ガラスの街
(ポールオースター,柴田元幸 (翻訳) / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/212433/

〈おすすめポイント〉ユダヤ系アメリカ人作家といえばまず思いつくのが、ポール・オースター。ニューヨークの街を歩いているような心地になる小説なのだけど、どこか不安が漂う物語なところが特徴。

書籍:クローディアの秘密
(E.L.カニグズバーグ,松永ふみ子 (翻訳)/ 岩波書店)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/3612/

〈おすすめポイント〉
私のなかの「不安じゃなさそうなニューヨーク」を描いた物語、そのいち。児童文学なのだけど、メトロポリタン美術館の描写が素敵で、ニューヨークへの憧れを募らせる小説といえばこちらがいいかも。

 

Kaho's note ―日々のことなど

だいぶ暖かくなってきて嬉しい今日このごろです。今年の冬は人生ではじめて加湿器を買ったのですが、いったいいつ加湿器をしまうかどうか迷います。窓開けるようになったら加湿器はいらない気がするし、でも夜寝る時とかはつけたほうがいいのか……? とか。ネットで調べたら4、5月までつけている人が多かったりして、ちょっと迷うところです。湿度、大切。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2021年2月月間人気書評ランキング

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

閉じる