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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、「工女」の印象が一変!志をもって富岡製糸場で働いた女性の手記『富岡日記 《大人の本棚》』(みすず書房)

今月の1冊、『富岡日記 《大人の本棚》』(みすず書房)

書籍:富岡日記《大人の本棚》
(和田英, 森まゆみ(解説) / みすず書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/312755/

 

選書理由

明治時代の女性の日記、しかも作者は富岡製糸場でばりばり働いていた女性! というあらすじを読んで興味を持った一冊。いい意味で予想が覆され、面白い日記文学でした。

ブックレビュー

本書は明治初期に富岡製糸場で働いた女性の手記である。
今では世界遺産になっている富岡製糸場だが、もともとは明治時代、日本ではじめて設立された官営模範製糸場だった。西洋の技術を取り入れるために創られた職場は、実は女性たちも多く働く場所だったのだ。本書の語り手・和田英は、そんな富岡製糸場で働いていた。
「富岡製糸場」というと、正直、社会の教科書でその名前を知ったくらいの距離感だった。が、そんな私ですらこの日記を読むと、富岡製糸場が当時の人々にとっていったいどういう距離感の場所で、どういうつもりで就職していたのかがよく分かる。日記の良さが詰まった一冊だとも言えるだろう。
近代化する日本で働く女性の日記というと、『女工哀史』を思い出す人も多いのではないだろうか。つまり、女性たちが安い賃金で働かされ、出稼ぎに来て苦労する、といったイメージだ。しかし富岡製糸場の場合はそのような場所ではない。日本から集まった、お金持ちのお嬢さんたちがしっかり働くことのできる良い職場として扱われているのである。今で言えば、いい家の娘たちが公務員になるようなものだろうか。そのため福利厚生もしっかりしているし、労働環境もよさそうだし、病院なども併設されているし、はっきり言って優良企業なのだ。
実際、作者の英もまた志願して富岡製糸場に行った娘のひとりだった。父や母の言いつけを守り、そこで働いていることに誇りを持つ姿は、読んでいて新鮮ですらある。
そして英は、なんと地元に戻った後は、富岡製糸場でのキャリアを活かす仕事を始める。民間の製糸会社で指導する立場に就くのである。自分の学んできた西洋の技術を、地方である地元に取り入れるべく働く英の姿は、なんとも感動的。地元に帰ってきてから、英は陰口を叩かれたりすることもある。が、その在り方ですら、女性が社会のために働いていた記録なのだ。
仕事を通して、青春を過ごし、誇り高く生きたひとりの女性の手記。そう思って読むと、歴史的背景を除いても、かなり素敵な一冊なのである。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:富士日記〈上〉
(武田百合子 / 中央公論社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/63971/

〈おすすめポイント〉夫である小説家・武田泰淳と、娘と過ごした三人の日々を記録した日記文学。今も昔も人気のある日記文学のひとつではないでしょうか。日記文学入門にぜひ。

書籍:紫式部日記 現代語訳付き
(紫式部 / 角川学芸出版)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/153506/

〈おすすめポイント〉
いうまでもなく『源氏物語』を書いた作者の日記……なのだが、実は平安時代の「働く女」の日記として読んでも面白い一冊。宮中の描写に、変わらない働く女の苦労が伺える。

 

Kaho's note ―日々のことなど

一月に引っ越しまして、もう疲れに疲れ果てているところです。引っ越し、二度としたくない!! と毎日嘆いています。ほんと嫌ですよね引っ越し……。まだまだ家も片付いていないので、はやく綺麗にしたいところです。頑張ります。

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
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本が好き!2022年12月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
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    https://m3myk.hatenablog.com/

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