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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、「世界名作随筆集」を編むとしたら真っ先にこの本を入れたい、『あなたと原爆 オーウェル評論集』(光文社)

今月の1冊『あなたと原爆 オーウェル評論集』(光文社)

書籍:『あなたと原爆 オーウェル評論集』
(ジョージ・オーウェル,秋元孝文 (翻訳) / 光文社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/282605/

 

選書理由

『1984年』がなかなか面白かったから、その作者のエッセイといえばきっと面白いだろう……という安易な理由で読んだ。が、その安易な興味はくるりと覆されて、「え、オーウェルってむしろ小説よりエッセイのほうが好きかも、っていうかこんなに文章上手いんだ」と驚いてしまった。

ブックレビュー

『1984年』。おそらく本が好きな方ならいちどは目にしたことがあるであろう有名なタイトルだ。ディストピアSF。最近ではアメリカでもベストセラーになったんだとか。けっこうな古典作品なのに、今また読まれているのはよきことかな。
……が、今回お話したいのは『1984年』についてではない。その作者ジョージ・オーウェルの綴った批評集『あなたと原爆』についてお話したいのだ。
きっとジョージ・オーウェルといえば『1984年』が有名だし小説家として名を馳せている作家なわけだが、『あなたと原爆』を読んだ私からすれば、「いやこの人、どっちかっていうと随筆家なんでは!?」と言いたくなってしまった。それくらい『あなたと原爆』に入っている文章は質が高くて、たぶん私が「世界名作随筆集」を編むとしたら真っ先にこの本を入れるだろう。
小説家の綴る随筆には二種類ある(ってこんなこと言い出すといかにもうさんくさいのだが)。ひとつは「作者が小説家だからこそ面白い随筆」と、もうひとつが「作者が小説家であろうとなかろうと面白い随筆」だ。
その文章が「小説家の裏話だからこそ面白い散文」というものはこの世にたくさんある。そもそも散文として独立しているというよりも、その人が小説を綴り、その裏側でノンフィクションとして日常を綴るから面白い……という、小説も随筆もその作者の世界の一部になっているタイプの文章だ。村上春樹や太宰治なんかはこのタイプじゃないかと私は見る。彼らのエッセイのファンはたくさんいるけれど、それはおそらく小説が存在しているからこそエッセイのファンになり得る文章なんじゃないか。彼らの意見も、日常も、小説を綴る作家人生の裏付けをとるような気持ちで読むことが多い(少なくとも私は)。
だけど一方で、「作家が小説家であろうとなかろうと、そんなことは関係なくそもそも独立した文章として面白い」タイプの随筆を綴る作家がいる。
作家のキャラクターに依らない、文章単体としての面白さ。意見としての鋭さ。短文を綴るときの構成の巧さ。ううんそんなテクニックよりももっと、「エッセイが小説の片手間で書いてるわけじゃなくて、エッセイそれ単体として完成されている」こと。
ジョージ・オーウェルは後者の作家なんだな、とまじまじ思う。彼が『1984年』を書いていようとなかろうと、『あなたと原爆』はみんなに読まれるべき随筆だと思う。

「本を書こうと机に向かうとき、私は自分に「よし、今から芸術作品を作るぞ」とは言わない。私が書くのは、私が暴き出したいと思う嘘や、人々に注目して欲しいと思う事実があるからであり、私の第一の関心とは、人に聞いてもらうことなのだ。しかし、もしそれが同時に美的経験でなかったなら、本はおろか長い雑誌記事を書くことさえ私にはできないだろう」(P249『あなたと原爆』光文社古典新訳文庫)

芸術としての随筆を読みたい方は、ジョージ・オーウェルの文章を読むといい。きっとそれ単体として完璧な文章がそこにはある。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:漱石文明論集
(夏目漱石 / 岩波書店)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/6790/

 

〈おすすめポイント〉
夏目漱石もオーウェルと似たタイプだと思う。ノンフィクションでもフィクションでも、作品として完成されている作家。小説として政治的なわけでもないのに、政治的な作家なんだよな。不思議。

 

書籍:遠い太鼓
(村上春樹 / 講談社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/16846/

 

〈おすすめポイント〉
オーウェルとは反対のタイプとして挙げたけれど、村上春樹エッセイのなかだとこれがいちばん好きです。海外へ旅したこと、住んだこと、そこで書いたもの。

 

Kaho's note ―日々のことなど

家の防寒アイテムにお金を使っております。とくに感動したのがデロンギと防寒シート。どちらもすごすぎる。家で寒くて震えてる人はぜひ購入をご検討下さい(とくに防寒シート)! 防寒シートは窓にプチプチを貼るだけに見えるのだけど、窓からくるはずの冷気がぜんぜん来なくなって驚きました。あたたかさに課金できるのは、大人になってよかった……とつくづく思う瞬間です。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2019年11月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

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