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三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、「わかりやすさ」に流されない本選びのコツ。『学術書を読む』(鈴木哲也 / 京都大学学術出版会)

今月の1冊『学術書を読む』(京都大学学術出版会)

書籍:『学術書を読む』
(鈴木哲也 / 京都大学学術出版会)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/294424/

 

選書理由

社会人になってから思うのが、しっかり本を読む時間をとることの難しさ! ぼうっとしていたら、すぐに一週間が過ぎてしまう。だけど社会人になってからも、ちゃんと本を読みたい。そんな需要に応えた本、という評判をもともと聞いていたので選びました。

ブックレビュー

先日、『花束みたいな恋をした』という映画を観た。
有村架純と菅田将暉が大学生役として出会って、恋をして、同棲にまで至るが、やがてすれ違うようになり……というラブストーリー。一見、デートムービーとして最適なように見えるが、実際にカップルで観に行ったらおそらくちょっと気まずくなるタイプの映画だった。なんせすれちがいの過程が、妙にリアルで、誰にでも起こり得そうな展開なのだ。カップルで見たら、自分たちにもこんなことが起きるのかと予想してしまうだろう。
この映画がネットで話題になっている。
とくに話にあがるのが、菅田将暉演じる麦が、「社会人になって、むかし好きだった本や漫画やゲームにまったく興味を持てなくなった」シーン。
そう、言うまでもなく社会人は忙しい。仕事や飲み会や何やかんやに追われていると、あっという間に一週間が過ぎる。そしていつのまにか、本や漫画を取り入れる余裕がなくなる。仕事以外に頭のスイッチを切り替えることが難しくなってくる。
大学を離れてからも、文化に触れ続けることのできる自分でいるには、一定の努力と環境が必要なのかもしれない。
今回紹介する『学術書を読む』は、大学生や社会人に向けて、専門外の学術書を読むコツを説いた本である。
作者は学術出版社の編集長。現代の、タコツボ化した専門性に疑問を呈しつつ、大学で学んでいない分野の本を読むコツを伝える一冊となっている。
専門外の分野の本を読む。面白いな、と思ったのは、その問題意識だ。
現代のアカデミックの世界だと、一般書を書くことは、なかなか研究者自身のキャリアパスにとってはプラスに働かない。たとえば大学への就職の際も、「論文」の数は重視されるが、「単著」の数は考慮に入れられない。大学の先生が書く一般書というものは、ほとんど彼らの研究者としての姿勢によるものであって、業績のために書くものではないらしい。
そんななかで、一般書は、どうせ書くなら、より分かりやすく、単純化したものになってしまいやすい。もちろん全ての一般書がそうであるとは全く限らないけれど、最近はとくに「わかりやすさ」が重視される。もっとわかりやすく、もっと複雑じゃないものを。
だけど、こんなにもたくさんの専門分野が生まれている今、本当に、わかりやすい本だけを読んでいていいのだろうか? もっと、わかりづらい本に辿り着く方法を、私たちは学ぶべきではないだろうか?
本書は、そんな問題意識から、「専門外」の学術書をちゃんと読む、そのコツを教えてくれる。
大学生はもちろん、社会人になってからも、自分の興味に従って本をさがす技術は必要だ。いや、むしろ時間のない社会人こそ、その技術がないと、本に触れる機会をそもそも失ってしまうのかもしれない。
社会人は忙しい。つい、より分かりやすい、より自分の専門分野に近い本しか、手を伸ばさなくなる。
だけど、本当に「わかりやすさ」だけでいいのだろうか、とも思う。
みんな時間がない。そんなことは分かっているけれど。でも一方で、時間がないなかでも、ちゃんと自分の問題意識に沿って、本を読むことができたら。その先では、全く違う世界がひらけているのではないか、と思う。
むやみに難しい本に手を伸ばすのでもなく。一歩先の、自分の外にある本を見つけ、読む方法。
多読や速読をすすめるわけではない、だがたしかに読書のたのしさを思い出させてくれる本書は、それを伝えてくれている。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:役に立たない読書
(林望 / 集英社インターナショナル)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/247482/

〈おすすめポイント〉国文学専門の先生が、効率性、実用性を排した読書を提唱。ひたすら自分の好きな本を読みたい人のための読書論。紹介されている本も面白いので、「役に立たない」ブックガイドとしてもおすすめ。

書籍:寂しくもないし、孤独でもないけれど、じゃあこの心のモヤモヤは何だと言うのか 女の人生をナナメ上から見つめるブックガイド
(チェコ好き(和田 真里奈) / 大和出版 )
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/281979/

 

〈おすすめポイント〉
アラサーの女性コラムニストが、世間に対するもやもやを紐解く本を紹介してくれるブックガイド。読書ガイドとしても魅力的だし、一般論に対するアンチテーゼを説いた日記と読んでも面白い。

 

Kaho's note ―日々のことなど

なんだか今年は暖かくなるのが早い気がして嬉しい2月後半を過ごしています。寒いのが苦手な身としては、2月の冷えっぷりはこたえますからね! 今年に入ってから、Twitterの「#1日1冊紹介」というハッシュタグで、最近読んだものを中心におすすめ本を紹介しているのですが。自分でハッシュタグを見返すと、「なんか最近はまんがよく読んでるなあ」とか「新書多めだなあ」とか、その時の気分を知れて面白いです。記録って、基本的には自分が見返してにやにやしているときが、一番たのしい部分ですよね。

 

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2021年1月月間人気書評ランキング

 

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著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

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