本とその周辺にある事柄・人をつなぐ

MENU

三宅香帆の今月の一冊 the best book of this month

今月の一冊は、小説好きのために書かれた小説『注文の多い注文書』(筑摩書房)

今月の1冊、『注文の多い注文書』(筑摩書房)

書籍:注文の多い注文書
(小川洋子, クラフトエヴィング商會 / 筑摩書房)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/214094/

 

選書理由

小川洋子が好きなので、問答無用で手に取っていました……。逆にクラフト・エヴィング商會さんとの出会いもあり、嬉しい一冊になりました!

ブックレビュー

たまに小説のなかで、「うわ、これは完全に小説好きに向けて書いてくれている」という目の合い方をする小説がある。
目が合う――というのは今私が作った造語なのだが、しかし読む本を選ぶ行為は基本的に「目が合うかどうか」で決まっているふしがある。どれだけ読もう読もうと思っていても、なんとなく目が合わないまま、積読してしまっている本は存在する。だが逆に時間もないのになぜか手に取ってしまう本というものがあり、それはなんというか、本と目が合ってしまうのだ。今だ! 今読まねば! という自分のなかの勝手な直感をもって、ページをひらいてしまう。 そういう意味で、「小説好きのために書かれた小説」というのは、なぜか私は目が合いやすい。
なんというか、作者が「ね? あなたも仲間だよね?」と言ってくれているような気がするからだろう。小説好き仲間として、小説好き仲間に向けて、書きました――そんなメッセージが伝わってくる本に、好感を抱かない訳がない。フィクションを耽溺しながらこの現実世界で頑張って生きている仲間がここにいる……と思ってしまうのだ。

まえおきが大変長くなってしまったけれど、本書はまさに、「小説好きのために書かれた小説」である。
作者は、小川洋子と、クラフト・エヴィング商會。小川洋子が「この世に存在しない注文」を書き上げ、それに対してクラフト・エヴィング商會が「この世に存在しない注文を引き受け、作り上げ、そして納品する」という応答をやってのける。
小川洋子の注文は基本的に小説にちなんだもの――たとえばボリス・ヴィアンの『うたかたの日々』にちなんで「肺に咲く睡蓮」とか、村上春樹の『貧乏な叔母さんの話』にちなんで「貧乏な叔母さん」だとか――になっており、注文書もまた架空の手紙となっている。
もはや作者と内容を見るだけでも、小説好きであることが分かるようなタッグである。
ちなみにクラフト・エヴィング商會についてはやや説明が必要かもしれない。これは作家の吉田篤弘と吉田浩美の制作ユニット名である。実在しない書物や雑貨を作り、そしてその写真に短い物語風の文章を添える……というのが彼らの活動の基本だ。そのため本書の「納品書」パートも、写真と文章(店側の言葉だ)がどちらも載っている。そう、小川洋子の注文する「存在しないもの」を、彼らなら作ることができる(ただし一ひねりも二ひねりもある完成品だが)というわけだ。

ここに出てくる注文は、まさに小説好きならにやにやしてしまうものしかない。
小川洋子も、クラフト・エヴィング商會も、そしてこの本を読む読者も、架空の世界に軸足を置いて生きてきた仲間だ、という感覚が本書全体に広がっている。小説好きとして生きてきて、そして、想像の世界を信じて、生きて来た仲間がここにいる、という感覚。
それこそが本書が読まれ続けている理由のひとつであり、私がこの本をずっと本棚に置いておきたくなる理由のひとつでもあるのだ。

 

この本を読んだ人が次に読むべき本

書籍:
(小川洋子 / 新潮社)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/233848/

〈おすすめポイント〉
小川洋子の短編集で私が最も好きな作品です! とくに表題作の「海」が絶品で。小川洋子作品を読んだことのない方に是非読んでほしいです……!!

書籍:猫を抱いて象と泳ぐ
(小川洋子 / 文藝春秋)
書籍詳細URL:https://www.honzuki.jp/book/195257/

〈おすすめポイント〉最小川洋子入門におすすめしたい本、こちらは長編小説です。チェスを主題にした物語なのですが、美しい文章で綴られており、チェス未経験の方も楽しめる一冊。

 

Kaho's note ―日々のことなど

『名場面でわかる 刺さる小説の技術』という新刊が、中央公論新社さんから出版されました~!! タイトル通り、小説の名場面について解説しながら、「名場面を書く方法」について解き明かしていく本です。本のレビューの書き方の参考にもなるのでは? と思いますので、ぜひぜひ読んでみてください!!

 

三宅香帆さん最新刊

書籍:名場面でわかる 刺さる小説の技術
(三宅香帆 / 中央公論新社)

三宅香帆さんが選んだ1冊は、本が好き!月間ランキングから選出いただいています。
月間ランキングはこちらから
本が好き!2023年4月月間人気書評ランキング

 

タグ

バックナンバー

著者略歴

  1. 三宅香帆

    1994年生まれ。高知県出身。
    京都大学大学院人間・環境学研究科修士課程を修了。現在は書評家・文筆家として活動。
    大学院にて国文学を研究する傍ら、天狼院書店(京都天狼院)に開店時よりつとめた。
    2016年、天狼院書店のウェブサイトに掲載した記事「京大院生の書店スタッフが「正直、これ読んだら人生狂っちゃうよね」と思う本ベスト20を選んでみた。 ≪リーディング・ハイ≫」が2016年年間総合はてなブックマーク数 ランキングで第2位に。選書センスと書評が大反響を呼ぶ。
    著書に外国文学から日本文学、漫画、人文書まで、人生を狂わされる本を50冊を選書した『人生を狂わす名著50』(ライツ社)ほか、『文芸オタクの私が教える バズる文章教室 』(サンクチュアリ出版)『副作用あります!? 人生おたすけ処方本』(幻冬舎)『妄想とツッコミで読む万葉集』(大和書房)『(読んだふりしたけど)ぶっちゃけよく分からん、あの名作小説を面白く読む方法』『女の子の謎を解く』(笠間書院)『それを読むたび思い出す』(青土社)『(萌えすぎて)絶対忘れない! 妄想古文 (14歳の世渡り術) 』(河出書房新社)。2023年5月に『名場面でわかる 刺さる小説の技術』(中央公論社)、6月に『推しの素晴らしさを語りたいのに「やばい!」しかでてこない―自分の言葉でつくるオタク文章術』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)を刊行。

    Twitter>@m3_myk
    cakes>
    三宅香帆の文学レポート
    https://cakes.mu/series/3924/
    Blog>
    https://m3myk.hatenablog.com/

閉じる